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92.欲深い本質

「お、おお」

 伝海は滑稽なくらい白々しい感じに、片手を上げた。

「何でここにいるの?」

 ナナカは、急いで2人の所まで行き、両手を腰にあて、憤然とした面持ちでそう言った。


「まあ、待てナナカ。お前も、こちら側に座れ」

 今日は、花火大会なので、木で出来た長椅子が置いてあった。サトの右側の長椅子には、伝海が座っている。ナナカは、サトの左側の長椅子に腰を下ろした。


 サトは、前を向き、うちわであおぎながら、花火大会へと向かう人を、目を細めて眺めている。

「和尚から、話は聞いたぞ。いろいろあったようだなあ」

 サトは、前を向いたまま、くしゃりと目を細めた。ナナカからは、目を閉じているように見えた。

「あれは一体何だったのか、未だにわしは、大蛇に化かされているようじゃわい」

 伝海が、ガラガラ声でそう言った。


 いつも、大声でうるさい位だが、今日は、周りが賑やかだし、耳の遠いサトには丁度良い音量だ。

「夢を見させられていたようだわい。

 ナギラは、その中で地位を獲得していた。宝珠に願おうと思った通りじゃ。

 しかし、ナギラはそれだけでは満足せず、復讐を始めおった。

 さらに、いつまた手に入れた地位を追い落とされるかとの不安に苛まれ、どんどん宝珠に祈り、不信があれば、人々を闇に葬っていった。

 猜疑心は膨らみ続け、わしも危うい所だったかもしれん」


「はっはっは、人間の欲望というのは、際限のないものじゃ。目の前の物を手に入れたら、次はもう少し大きな物が欲しくなる。

 そして、それが手に入ったら次は更に大きなものだ。

 どこまでも、きりなく続いていく、愚かなことだなあ」

 サトは、干からびた手にうちわを握り、ゆっくりとあおぎながら静かに笑った。

 伝海は、項垂れている。

 自分さえも、ナギラに殺されそうになったことが、ショックだったのだろう。


「その宝珠は、大蛇の物というより、姫の心だったんだろうよ。

 姫の夢をかたちとして現し、大蛇が利用していたんだろう。


 今にして思えば、和田平太が洞穴に入った時だって、宝珠を見せて他の者達をも誘いこもうとしてたんだろうよ。

 そしてまた、和尚達を呼び寄せる餌にしたのさ」


 サトが和田平太の話をしてくれた時、謀反の罪を着せられた将軍頼家が暗殺され亡くなった際、頼家の腹から無数の妖怪変化が飛び出して、中には蛇もいたと言っていた。そして更に、妖怪達は、空を飛び、美浦の方角へ消えて行ったと。


 機織姫が、空に還っていったあの時、他にも白い影が天に登って行った。

 ナナカは、大蛇に導かれ、洞穴に捉えられた妖怪変化達も、正しい軌道に戻れているといいと思った。


「危なく、機織姫のように心を捉えられるところだったのですな」

「そうそう、欲に目が眩んだ者を舌舐めずりして待っていたのさ」


 伝海は、ぶるっと震えた。

「人の性であるともいえるな。

 しかし、欲望というのは、追い求めれば追い求める程、果てしなく大きくなる物だ。もっと、もっと、とさらに望み続け、満足できることはない」


 伝海は、頷いた。

「実は、ナギラがいないんじゃ」

 いつもの伝海らしくなく、力なくそう言った。

「ナギラが、いない?」

 ナナカは問い返した。


「ああ、寺に戻り目が覚めたら、既に居らんかった」

「ちょっと出掛けてるだけじゃない?」

「いや、荷物が全てのうなっておる。何も言わずに消えてしまった」

「消えちゃったなんて」

 伝海は、俯いていた。

 本当に、あのナギラが突然姿を眩ませてしまったというのか。

ありがとうございます。


もうすぐクライマックスです。


なんとか、日にちを開けずに最後まで投稿できそうです。

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