91.8月10日
ドンドン、ドン!
今夜の花火大会開催を告げる、空砲が鳴っている。
もうすぐ、恒例のお祭りが始まろうとしていた。
カイリは、地元の友人達との待ち合わせ場所に向かった。早くから場所取りをしておかないと、浜辺はすぐにいっぱいになってしまい海へ下りられないのだ。
今日は、1年の中で一番、美浦に人が多く集まる日だ。
普段は閑散としている通りも、この日ばかりは人がぞろぞろと歩いている。カイリとすれ違う人々の足取りは軽く、楽しげで、熱気に溢れていた。
ナナカは、母に支度してもらい、浴衣を着て出掛けるそうだ。
カイリの中で、今回の帰郷は、大きなものになった。
変わらず自分を信頼し必要としてくれている友、知人、そして家族……。
そんなつもりではなかったけれど、エネルギーを補給出来たようだ。自分の心がささくれだっていたことにも気付かなかった。海の側でゆっくりと過ごす中で、何かが洗い流され、潤った。
妹ナナカの存在も大きかった。
明るく、良く笑い、鼻にかかった滑舌の悪い話し方。
そして、いつも元気いっぱいで、嫌なことがあってもすぐにけろりとして、また立ち上がる。
その姿が、そしてまっすぐで曇りのない瞳が、カイリは羨ましいと思った。それと同時に、ナナカの明るさに照らされたように、自分の内側も明るくなっていた。
また、東京の生活に戻ったら、行き詰まることもあるかもしれない。
でも、自分には支えてくれる友がいる、家族がいる、そして、帰って来ることの出来る故郷がある。
カイリは自分の内側に広がりを感じていた。
ナナカも、身支度を終えると琉河の家を出た。
ちょうど電車から降りて来る人の波とぶつかり、逆らいながら荒来町へと向かって歩く。
海沿いは、もう人が多かったので、抜け道を使おうと思っていた。浴衣なので、いつもの歩幅で歩けないことに少しうんざりした。
龍蛇穴で機織姫が消えた後、気づくとドーム状の空間にみんながいた。
ヒイロ、タカラ、それに、伝海とナギラも。
ドームには、上へと通じる穴が開いていた。
その穴から、くっきりと晴れた、青空が覗いていた。
このドーム状の空間が、本来の龍蛇穴だったのだ。
自分達が見せられていた渦巻状の洞穴は、いざなが作り出したもので、機織姫が協力させられていたものなのだろう。
いざなとは、なんだったのか。
機織姫を拘束した時、伸ばした舌は、先が2つに裂けていた。それに、最後に見た時の顔、あれは、爬虫類のようだった。
いざなは、その昔、和田平太と渡り合った大蛇の化身だったのかもしれない。
ナナカが、空の見える所から笛を吹くと、伍の一族が降りて来てくれた。
そして、帰って来ることができたのだ。
みんな、疲れたようにぐったりとし、また、呆然としていた。
そして、タカラは、タカラに戻っていた。
伍の一族は、そんなみんなを乗せて、ナナカ達の世界へと向かった。
ナナカは、学校の仲間からも花火大会への誘いはあったけれど、今年は約束があるからごめんねと断った。
サトは、毎年いつもの特等席から花火を見ている。
建物のせいで、水上スターマインや、仕掛け花火が見えないけれど、サトは、空に打ち上がる花火が見られればいいのだと言う。
まだ、時間には早いけれど、もう座っていることだろう。
サトが琉河のナナカの家に来る話は、延期になった。
サトにはまだまだ荒来の長老(?)として、このままここにいてほしい、と近所のみんなが言ってくれたのだ。今まで以上にサトのうちに様子を見に行ってくれ、家のことで困ったことがあったら、近所の人がなんとかするから、と言ってくれた。
「おばあちゃん」
やはり、赤い折りたたみ椅子を置いて、いつもの特等席にいた。
ナナカは、サトに近付こうとした。
「あ、あんたは!」
なんと、サトの隣には、あの伝海が座っていた。
開いてくださってありがとうございました。
一足早い花火の話題ですが、もう7月。すぐ花火大会の時期ですね☆
はっや~い!!1日1日があっという間に感じる今日この頃です(#^.^#)




