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88.誘惑の道行き

 ナナカは、横穴を進んで行った。

 タカラを乗っ取った『主』を見失った時は、すぐに行き止まりになってしまったのに、穴は奥へとどこまでも続いているようだ。


 いつの間にか、ナニカが、自分の後ろに付いて来ている。ずるずる、ずるずると引きずるような音が聞こえていた。


『けして、けして後ろを振り返ってはなりません』


 機織姫の言葉がよみがえった。気にはなるけれど、絶対振り返りはしない。

(今は、前だけを見てこう)


 不思議と、恐怖はなかった。

 でも、落ち着いていられたのもそこまでだった。


 突然、大勢の人が言い争っているような声が洞穴内に反響した。

 わあわあと激しく諍い合う声が聞こえる。

 びくりとして、ナナカの心臓は一気に早くなった。


 でも、誰もいない……。


 静まったと思ったら、今度は、ぼとりぼとりと何かが落ちて来る音がした。

 恐怖で、ナナカの皮膚があわ立った。


 でも、何もない……。


 胸の前で、機織姫の櫛を両手で握りしめた。

(大丈夫、一人じゃないもの。機織姫が付いている)

 もう引き返すことは出来ない。ただ、前へ、前へと歩みを進めるのみだ。


 しばらく歩き進んでいくと、広い場所へ出た。

 目の前には、石造りの橋が架かっている。頑丈そうな橋だった。

 その橋を渡り、中腹までさしかかると、ふと気付いた。

 下を流れるのは、水じゃない。銀色のどろりとした液体だった。何が流れているのかよく見ようとして、ぎくっとする。


 その橋の橋脚は、全てギリシャ彫刻で見るような、長衣トーガをまとった、男性とも女性ともつかない美しい8体の石像で出来ていた。

 石像が、今にも動き出し、自分に向かって腕を伸ばして来そうな気がして、ナナカは急いで橋を渡った。渡り終えてからも、後ろから付いてくるんじゃないかと不安だった。


 橋を渡り気付くと、もう洞穴内ではなかった。

 左側に銀色の川を見ながら、流れに沿って上流に向かい、ナナカは河川敷を歩いていた。

 洞窟の中を歩いていたはずなのに、空が広がっていた。そして、どんより曇っている。


 辺りはじめじめして、不快だった。


 次には、滝があった。

 滝壺の隣に、氷でできたシンデレラ城のようなお城があった。ビルの5、6階位の高さがありそうだ。

 滝は、お城と同じくらいの高さがあった。幅は、2~3メートル位で、銀の液体が、どぼどぼと落下している。でも、水のように飛沫が上がらない。ねっとりと波打ち、そのまま下流へ向かって行くのだ。奇妙な光景だった。


 隣のお城は、氷で出来ているように見えた

 近くを通るだけで、ひんやりとしている。

 お城の門前を通り過ぎ様、扉がぎいっと少し開いた。奥から、2つの光が覗いたように見えた。


 気のせいだろうか。

 でも、もう過ぎてしまった。振り返って確認することは出来ない。

 先程から、ナナカの心に恐怖が這い上がってきていた。体の芯を、ヒヤリとしたものに締め上げられ続けているようだ。


 視線を感じ、何度振り返りそうになったかわからない。


 相変わらず、ずるりと何かを引き摺るような音がする。

 この音が、ずっと付いて来ているのも、恐ろしさを煽っていた。


『けして、けして後ろを振り返ってはなりません』!


 地中深くの洞穴で、後ろを振り返ってはならない、この状況。

 ナナカは、サトの昔話の一つを思い出していた。

 それは、有名な国生みの物語、イザナギ、イザナミ伝説だ。


 火の神を生んでしまい、焼け死んだイザナミは、地中の黄泉の国の住人となってしまった。

 助けに向かうイザナギだったが。

 イザナミを見つけ、脱出しようとするも、振り返ってはならないと言われていたのに振り返ってしまう。

 そこにいたイザナミには、ウジが這い、腐っていた――。


 ナナカは、尚更のこと、後ろを向くことは出来ないと思った。もし、振り返った時に、イザナミのように虫がわいたヒイロがいたら? タカラがいたら……?

今日も読んでくださって、ありがとうございます。


書きたかったシーンの一つだったので、今日このように投稿できて、ものすっごく嬉しいです♪♪


これも、読んでくださる方のおかげだし、このサイトのおかげです(#^.^#)!(^^)!(^O^)☆

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