87.機織姫の告白3
「わたくしは、もう、終わらせることにしたのです。
お前の言う通り、ここで機織を続けながら、あの方がもう一度生まれて来るのを、ずっと待っていました。ここで、誰にも邪魔されることなく、ずっと一緒に暮らせると信じて。
恨みに身を焼き尽くし、歪んでしまったわたくしには、あの方を屈服させる方法は、それしかないと思い定めていました。
しかし、もう、随分前に、そうではないと気付いていたのです。
でも、どうしてもあの方と、やや子との生活を夢見る気持ちを捨てられずにきました。ここで諦めてしまったら、もう永遠に、そんな日は来ないとためらってきたのです」
「そうじゃ、分かっているではないか!」
「いいえ、もう、お前の甘い言葉には、惑わされません。
ナナカさんが、わたくしの心に光を灯してくれたのです。
もやもやしていたわたくしの心の霧が、今やっと晴れたようです」
機織姫の黒の大きな瞳は、今までのように物悲しい色ではなかった。決意に満ちていた。凛とした姿は、はっとするような美しさに、更に凄味を与えていた。
「どうやら、人選を誤ったようだな。ナナカ、お前は、ヒイロ達とは異質の力を持っていたようじゃ」
「ヒイロ達?」
「ナナカさん、いざなは、命に不思議な力の宿っている人達のエネルギーを我がものとして、長らえてきました。
ヒイロさんには、武術の稽古で鍛え練られた力がありました。
タカラさんと、友人になることまでは予測できませんでしたが、タカラさんも、神通力をお持ちでした。
今は、赤牛を内に入れ、更に力が強くなっています。
伝海は、不思議な鏡を操る力を持っていました。
ナギラも、その高貴な血に力が宿っている者でした。
あなたに、宝珠を探させることで、全員を、この洞穴へ誘うこと、それがこのモノの考えた筋書きです」
機織姫の目に、もう涙はなかった。決然といざなを見据えている。
両手のこぶしは、強く握りしめられていた。
「姫、お前に何が出来るのじゃ、宝珠がこちらにある限り、お前は手も足も出せん。何度そう言ったら分かる?」
いざなの口から、チロチロと赤い舌がのぞいている。姫は、キッといざなを睨みつけた。もしかしたら、今までに何度もいざなから離れようと試みたのかもしれない。
「ナナカさん、あなたの生命にも、不思議な力が宿っていたのです。
眼の曇ったいざなは、この輝きに気付かなかった。でも、わたくしは、あなたのおかげで、はっきりと宝珠の在りかがわかりました。
こんな近くにあったとは……。
洞穴の、この奥です」
機織姫が、いざなの向こうを指差した。
その奥は、昨日タカラの消えた場所だった。
「いざなは、赤牛を抑え込むために、力を大分消費して、元の姿に戻りかけています。口では恫喝していますが、ナナカさんのエネルギーに気圧されて、これ以上近付けないのです。
ナナカさん、これを」
機織姫は、氷のように冷たい手でナナカに何かを手渡した。それは、あの、櫛だった。
「この奥へ、一緒に参りましょう。この櫛があなたとわたくしを守ってくれます」
「随分と、馬鹿にしてくれるな、姫。
お前に敬意を払って、黙って聞いてやっていたのではないか」
「嘘です、ナナカさん。いざなは、今なら何も出来ません。あっ……!」
いざなは、ちろちろと赤い舌を出したかと思うと、にょろりと延ばし、何と機織姫をぐるぐるに縛り上げ、そのまま持ち上げた。
「その奥へ……!
わたくしに構わず、その奥へ行ってください!
でも、ナナカさん、今からもっとも大切なことを言います。
よろしいですか、この中では、けして、けして『後ろを振り返ってはなりません』!」
苦しい息の下、機織姫は、振り絞るようにそう言った。
ナナカは、機織姫に向かって大きくうなずいた。
ナナカは、櫛を握りしめ、邪魔しようとするいざなの脇を、軽々とすり抜けて、横穴の奥の方へ向かった。
もはや、一刻の猶予もない!!
開いてくださり、心より感謝です(#^.^#)
ナナカ、再び駆け出しました!!元気いっぱいに!(^^)!




