85.機織姫の告白1
「ナナカさん、わたくしはね、恨みに身を焦がし、随分長い時を、ここで過ごしてきたのです。
どうか、愚かなわたくしを責めて下さい」
そう言うと、機織姫は顔を上げた。
その目は最初、ナナカを見ていたが、しだいにどこか遠くを見るような目つきになった。そして、高く澄んだ音楽のようにきれいな声で語り出した。
「わたくしはその昔、ナナカさんと同様、美浦に住んでおりました。
父は、有力な武士として、美浦を統率していました。
しかし、美浦は、本当は父の土地ではなかったのです。
父は、借りた土地に居座り、我が物としてしまったのです。そのような父のやり方を快く思わない者、また、土地を奪い返そうとする者などが、虎視耽々と、父が誤りを犯すのを待っていました」
機織姫は、そこで息をつき、機織器の前の椅子に腰をかけた。
ナナカの姿は見えていないように、遠い昔を思い出しながら、機織姫は語った。
「わたくしは、かしずかれ、何不自由なく甘やかされて育ちました。言ったことは、だいたい何でも叶う、そんな生活でした。
わたくしは、そういう日々に倦んでいた。退屈でたまらなかったのです。そんな時に、あの方と出会ってしまったのです」
機織姫は、ちらりとナナカを見た。
「そう、ちょうど、ナナカさんと同じ年頃くらいだったでしょうか。
あの方は、今までわたくしが知らなかった世界を、わたくしに教えてくれました。
眩しくて、夢のように刺激的な日々でした。
最初は、どういう身分の方なのか全く知りませんでした。世間知らずのわたくしは、ただただ、その方の魅力に翻弄され続け、周りが何も見えなくなって行きました。
その方から家の者には内密にするよう言われていたので、信頼出来る従者一人にだけ話し、屋敷を抜け出す時の手引をしてもらい、その方との逢瀬を続けるという日々だったのです。
そんなある日、わたくしに子が宿っていることがわかりました」
機織姫は、苦しそうに顔を歪めた。
その時のことを思い出したのだろう。黒目がちの瞳が揺れる。
「機織姫、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。話を続けさせて下さい……。
わたくしは、人知れず、やや子を産みました。
しかし、全てを家の者に包み隠し続けることは、どれだけ気を付けても困難だったのです。
ついに、父に秘密が伝わってしまいました。
父は、烈火の如く激怒しました。まだ、床から離れられないわたくしから、やや子を奪い、川へ流して捨ててしまったのです」
機織姫の目から、涙が溢れた。
当時のことを思い出し、苦しそうに眉を寄せ、唇を噛みしめている。しばらくは、言葉が発せられないでいた。
ナナカは、機織姫に近付き、その背をそっと撫でた。
「ごめんなさい、ナナカさん。話はまだ続くのに」
ナナカは、無言で首を振った。
今は、機織姫の溜まりに溜まった思い――懺悔に近いのかもしれない――それを、最後まで聞きたい、全て吐き出して欲しい、そんな気持ちでいっぱいだった。
ナナカは、じっと黙って機織姫の話に耳を傾けていた。
「父は、わたくしとあの方の間を引き裂きました。
わたくしは、軟禁され、あの方と会うのを禁じられました。
その時になって、やっとわたくしは、あの方がどういった身分の方かを知ったのです。
あの方は、罪人でした。都で大罪を犯し、権力者たちの不興を買い、この地へ流されてしまったのです。
もし、わたくし達のことが都に伝われば、父はそこを付け込まれ、攻め入られてしまうかもしれない……。そのくらい大変なことをわたくしは犯したのです。
しかし、無理やり引き裂かれ、やや子まで取り上げられ、わたくしは気が狂いそうでした。
あの方と、もう会えないなど、考えただけで身が妬け付くようでした。何とか、父の目を盗んで、文を送ってみましたが、返事はありません。
わたくしは、あの方の影に囚われ、悶々とした歳月を過ごしていました。
そんな時、あの方が、祝言を挙げたとの噂が舞い込んで来たのです。




