84.走れ!ナナカ
『メロスは、走った』
どのくらい走った頃か、ふと頭に走れメロスの一説が浮かんできた。
中学の頃、国語の時間に習った『走れメロス』。
メロスは、身代りになっている友を救うために、走っていた。
到着すれば、自分は死刑になる。その恐怖と戦いながら、でも、恐怖を乗り越えて、走り続けた。メロスは、逃亡し、後ろめたい思いをすることを潔しとしない、強い気持ちを持っていた。
ナナカは、正義感の強いメロスが大好きだった。高校に進学した今も、走れメロスを忘れないでいた。
ナナカには、走る先に死刑が待っているわけではない。
でも、走っていた。
トモダチのために。
機織姫との約束を果たすために。
自分が、一度決めた宝珠を探し出すという目標を達成するために。
ナナカもまた、ここで諦めたり逃げたりして、後悔したくなかった。
メロスみたいだ!
転んだ右膝は、ひりひりと痛む。
でも、心には、赤々と勇気の炎が燃えていた。
走っては休み、休んでは走ることを繰り返し、どのくらい走ったのか。
あたりは、湿気でじめじめし出し、ついに、見覚えのある横穴に辿り着いた。内部は明るく、茶色の岩壁は、ぼおっと発光している。
奥からは、とんからり、とんからりと機を織る音がかすかに響いていた。
「ここだ! いる! 良かったあ」
その音に、ナナカは恵みの水のように救いを感じた。
ナナカは、機織姫目指し駆け出した。
穴を進んでいくと、一心に機織をしている姫が見えてきた。
「機織姫!」
姫は、機織をやめ、はっとしたように立ち上がりナナカを見た。
「ナナカさん」
ナナカと機織姫は、手を取り合った。
「無事だったのですね」
機織姫は、うっすらと涙ぐんでいる。
「うん。でも、みんないなくなっちゃったの」
ナナカは目を伏せた。
機織姫は、ぐっとナナカの手を握りしめた。
「存じております。本当に本当に、ごめんなさい」
みるみる、機織姫の目には、涙がふくらんだ。
「何か知ってるのね」
機織姫が、力なく頷いた。その頬に、涙がほろりと伝わった。
「知ってるも何も……。
何も知らない皆さんを陥れた張本人は、わたくしのようなものです」
ナナカは、機織姫の手を離した。
「どういう、意味?」
姫は、機織器の方を向き、両手を乗せた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ナナカさん……」
下を向き、ナナカに背を向け、何かを堪え、絞り出すようにそう言った。
「何を謝ってるの? 説明してくれなきゃ分からないわ」
ナナカは、機織姫を刺激しないようやさしくそう言って、機織姫の隣に移動した。姫は、下を向き、涙をぽろぽろと落としている。まつ毛は、切なげに震えていた。
機織姫は、顔を両手で覆った。
「あなたを助けるだけで精一杯でした。この機織器に、願いをこめ、あなたを守るだけで」
「私を助けてくれたの?」
「この機織器には、わたくしの思ったことを増幅させる力があるのです。
私は、長い間ずっと、全てを恨んできました。怒りや、悲しみを、延々とこの機織器で織り込んできたのです」
機織姫は、さめざめと泣いた。
「助けてくれてありがとう」
「いいえ、いいえ!」
機織姫は、両手で顔を覆ったまま、激しく首を振った。そして、顔を上げた。
「ナナカさん……」
機織姫は、ナナカをじっと見た。
「あなたの、まっすぐなひた向きさ、あなたの、どんな状況でも希望を忘れず諦めない強さ、あなたはわたくしにないものを持っている。
あなたに会ってから、わたくしは、ずっとあなたがどうするかを見て来ました。ひそかに、応援もしてきました……。
あなたの純粋な魂が、私へも光をもたらしてくれたようです。
わたくしは、洗いざらい、あなたに打ち明けてしまおうと思います」
堰を切ったように、機織姫が話し始めた。
今日も読んでくださって大変にありがとうございます。
『走れメロス』はお好きですか? 私は、大好きな、でももう会えない友達との思い出が詰まっています(*^_^*)
久しぶりに、また読み返してみたいなぁ★☆★




