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83.走る、ナナカ

 一体何が起こっているのだろう。


 心臓がばくばく言っていた。

 手がぐっしょりと汗ばんでいる。


 無音の空間で、さっきまで人がいた場所にあちらこちらと渦巻く薄ピンクの花びらの柱。……気持ち悪かった。

 そして、花びらの渦は次々と、ぱしいん!ぱしいん!と弾け始めた。


 自分も、ああなってしまうのではないか。

 ナナカはぞっとして、小走りに駆け出した。

 そして、段々本気で走り出した。とにかく、怖かった。焦って走れば走るほど、足が、もつれそうになった。口の中は、カラカラだった。

 どこに向かって走っているのかなんてわからなかった。ただ、闇雲に、花の渦と渦の間をすり抜け、走りに走った。


(怖い……、怖い……、怖い!)

 ずざあああんっ!!

 ナナカは、足元の小石につまずいた。

(痛い……!)

 派手に、べしゃりと転んでいた。

 右膝が、熱く、じんじんする。


 体を起こした。右の膝を見ると、血が滲んでいた。右肘も、擦りむけている。

 ナナカは、壁に背を預け、ちょこんとその場に座った。


(何で、どうして? 一体何が起こっているの?)

 先程の問いが、もう一度浮かんできた。


 ……わからない。

 ただ、伝海やナギラ、その他の人々、そう、ヒイロやタカラまでも含め、次から次へと人が消えていったという覆らない現実があった。

 誰もいない、自分しかいない……どうしたらいいの? ヒイロの顔が思い浮かんだ。

(助けて!)

 でも、頼みのヒイロも消えていなくなっていた。


 ……どうしたらいいの?


 ナナカは、はっとした。

 自分しかいない。

 助けはない。自分が助け出すしかない。


 さっき、夢中で走るうちに、大分下の階層へ降りて来ていたようで、辺りにはもう露店は見えなかった。

 等間隔で、ぽつんぽつんと篝火が燃えている。心細いほどの炎だが、薄暗さを緩和してくれていて、辺りは真っ暗ではなかった。ごつごつとした壁の岩肌や、足元も、はっきり見える。


 ナナカはそれから、伍の一族の笛を吹いてみた。

ぴいっと、鳴るには鳴った。

 しかし、洞穴の内部からは、笛の音は伍の一族へ届かなかった。やはり、外へ出ないと伍の一族には聞こえないようだ。


 それなら。

 機織姫に、会いに行こう。


 ここから、どれほど下って行けばあの横穴に到達するのか全く分からない。でも、他にいい方法は思い浮かばなかった。

 機織姫も、他の人同様、花びらになって消えてしまっているかもしれない。その可能性もあった。


 でも、そうじゃないかもしれない。

 それに、賭けてみる!


 決めると、自然と心が燃え立った。

 こう! と決めれば、脇目もふらず一直線に立ち向かって行くところがナナカの長所だった。


 迷って踏み出せずにいるのなんか、ナナカには似合わない!


 もし、機織姫に会えなかったら、今度は上を目指せばいい。隈なく探せば、他にもどこかに誰かいるかもしれない。


 ナナカは、再び走り出した。

 今度は、さっきとは違い、目標に向かって、しっかりと前を見据えて走った。右膝はあいかわらずじんじんと痛んだけれど、庇いながら走って行った。

 ぐるぐると、らせん状になっている通路を、ひたすらに走って、走って、走りまくった。時が、永遠とも思えるほど、途方もなく長く感じられた。


 洞穴の奥は、どこまでも深い。

 ぽっかりと真っ黒な穴になっていて、底は見えなかった。

 その、暗い闇に向かって走っているようなものだった。

今日も読んでくださって、大変にありがとうございます。


推敲が間に合わないかと思いましたが、なんとか今日と明日分、投稿出来そうです。


スピードが増してきた感じです。自分も一緒になって走りたいです!!

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