8.サトの昔語り2
ナナカの鼓動は、高なった。
やっぱりサトなら、何か知っているかもしれない。
ナナカは、制服のブラウスの胸ポケットから、例の気の櫛を取り出し、サトに見せながら、一気に昨夜の出来事を話した。サトは、最後までナナカの話を静かに聞いていた。
そして、再び目を大きく開けて、黒目をぐるん、と一周させた。
それから、静かに、話し始めた。
ここからは、サトの語った話である。
昔、昔の話だ。
鎌倉幕府を開いた、源頼朝の嫡男で、二代将軍源頼家の時代の話だ。
当時、この美浦の奥地には、狩倉があり、頼家将軍は、狩にやって来た。
その時、地元の村人達が、近くに深い洞穴あり、大きな蛇が住み付いて、人を脅して悪さばかりしているから、どうか助けて下さいと将軍に懇願したんだ。
正義感の強い頼家は、側近の武士、和田平太胤長という弓の名手に、探索を命じた。和田平太は、暗い洞穴に足を踏み入れ、ずんずん、ずんずんと奥の方へ進んで行った。
平太は、穴の大きさ、深さを丹念に測り、陽の光も届かない深い闇の中を、十数キロ進んで行った。すると、平太の持つ松明の明かりに、突如、大きな大きな蛇が映し出された。
大きな蛇は、ちろちろと先が二つに裂けた赤い舌を出し、真っ直ぐに平太を見ていたそうだ。
さしもの勇敢な武士である平太も、驚き、狼狽した。
だがな、こんな化け物のような大蛇、しかも、人を脅している大蛇だ。これを退治しないのは、鎌倉武士の名折れである、と襲い掛かってこようとする大蛇に対し、先手を打って勇ましく刀を抜き払った。
そして、一刀の下に退治したそうだ。
大蛇の死骸のすぐ側、闇の中で、赤から黄色そして青や他の色へと、目まぐるしくきらりきらりと光り輝く玉を見つけた平太は、懐にしまい穴から脱出した。
そして、その場で、事の次第を頼家に報告したんだ。
将軍が玉に興味を持ったので、平太は、懐から取り出して、お手渡ししようとした。
すると、玉はするりと滑り、なんと、再び穴の底へ転がって行ってしまったんだ。
急いで、穴に取りに戻った和田平太だったが、2度と戻って来なかったそうだ。
そこで、別の武士も下って行ったが、なんとこの者も帰ってくる事はなかった。
蛇神を退治した祟りだと、村人は恐れ慄いた。頼家は、蛇の怒りを鎮める為に、ここにお供えをしたということだ。
しかし、それからしばらくして、頼家は謀反の罪を着せられ幽閉され、その後、北条氏に暗殺されてしまった。
殺された頼家の腹からは、妖怪変化が無数に飛び出し、中には蛇もいたという。妖怪共は、空を飛び、美浦の方角へ消えて行ったらしいんだ。
地元の村人達は、蛇の祟りだと言って恐れ、毎年お供え物をしたという話だ。
この洞穴は、ネコミミ島の『龍穴』に繋がっている、という言い伝えもある。
また、地の底で他の洞窟とも繋がっていて、目には見えないほどのスピードで、龍が出入りをしているという話もある。
「怖い~!」
ナナカは、背筋がゾクゾクとした。
無数の妖怪変化が、美浦の方角へ消えて行ったというのだ。ナナカが初めて聞く昔話だった。
この話に出てくるきらきらと光り輝く玉が、宝珠なのだろうか。それなら、美浦のどこかにある狩倉の、洞穴の奥でその玉は、今も光り輝いているというのだろうか。
(大きな蛇……。
帰って来なかった和田平太と武士……。
目には見えないほどのスピードで龍が出入りしている洞窟って?)
ナナカはサトに、にじり寄った。
「ねえ、おばあちゃん、どういうことなんだろうね。
あとさっき、私が人ではないものに出会ったって言ってたけど、機織姫は人じゃなかったのかな」
サトは、長く話して少し疲れたようだ。
ゆっくりとした動作で、麦茶のグラスに手を伸ばした。
「そこまでは分からん。
でも、人とは違うモノの臭いがかすかに残っておる。
何かの気配には、出会ったんだろう」
「臭い?」
ナナカは、自分の服や腕の臭いを、くんくん嗅いでみた。
「わかんないや」
サトは目を細めた。
「はっ、はっ、はっ。ナナカには、わからんだろうて」
サトは、麦茶のグラスに口を付けた。
ナナカの内側で、想像の天地が、無限大にどんどん広がり、膨らんでいくようだった。
頭の中で、大蛇と平太の戦いの模様を思い浮かべた。きっと、切れる寸前の糸のような緊迫感が、その場を包んでいたに違いない。
そして、消えた平太と武士は、どこへ行ってしまったのか……。考えれば考えるほど、心が激しく揺さぶられた。
その時、
「なるほど……。良い話を聞いたわ。
寺へ帰る途中、たまたま通り掛かっただけだが、やはり、宝珠とは何やら縁があるようだわい。
偶然とは思えんな。ふっはっはっはっは!」
外の庭の方から、割れ鐘のようなだみ声が聞こえた。
ナナカは、思考をひとまず中断した。
「誰!?」
難聴のサトには、聞こえなかったようで、ナナカの声の方に驚いていた。
ナナカは、サトをそのままに、入って来た時のようにぱたぱたと外へ駆け出していった。