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79.水鏡

「ここですか。数年前に造成したのですよ」

「そうじゃ、この水鏡は、わしらに富をもたらす。宝珠を手に入れたら、あの願いだけではなく、今度は寺も新しくするんじゃ」


「あの願い?」


「それは、あなたに関係のないこと」

 ナギラ達は、宝珠に願いたいことを、ナナカに教える気はないようだ。

「それじゃ、その水鏡ってやつだけでもいいじゃない」

「そうはいきません、これは媒体。願い自体が叶うわけではないのです」

「そんな鏡、なんで持ってるのよ」

「ふふっ、これはな、わしの叔父が、由緒ある関西のとある宝物庫から手に入れたものじゃ」

「和尚、それ以上は」

 自慢げに話す伝海を、ナギラが遮った。


「そうじゃな、詮無いことじゃ。それより、龍蛇穴へ案内してもらおうか」

「知らないわっ」


 ナナカは、プイと顔を背けた。しかし、背けた先に、ナギラがすごい速さで移動してナナカの目の前に立った。

「そうは、いきませんよ」

 強烈な威圧感で、ナナカは、息苦しさを感じた。


 あのヒイロを、事もなげに倒そうとしたぐらい、強いのだ。ナナカが敵うはずがない。伝海一人なら、翻弄出来る自信はあるけれど。

「さあ」

 奇妙な笑い顔で、ナナカへ迫って来る。

 桃香島の時のように、薄ら寒いものを感じた。


 でも、あそこに宝珠があるわけではないのだ。それがわかれば諦めもつくだろう。

「……分かった。それじゃ、伍の一族を呼ぶわ」


 ナナカは、例の笛を取り出した。息を吹き込む。ぴいっと裏返ったような素っ頓狂な音が出た。

「わあ、初めて鳴った」

「ううううるさい! 何じゃそれは。ヘッタクソじゃのう」

「これを吹かないと、伍の一族が来てくれないもの」

「伍の一族とな?」

「そうそう、もう起きてればだけどね、あっ、来た! お~い、こっちよ」


 伍の一族は、月光を浴びて銀色に輝く尾を引きながら、くるくると回転したり、上に行ったり下に行ったりしながら近付いてきた。

 昨日と同じ、銀の毛をなびかせ、暴れるように空を駆け巡っている。

 近付いてくると、赤い目でぎょろりと一睨みした。

「三人に別れなくていいよ、急いでるの。私達を乗せて」


「全く、お前は図々しい奴だ。何でそう偉そうに、上から目線でくるんだよ」

「まあまあ、いいから、いいから」

 伍の一族は降下した。その背に、ぴょんとナナカは飛び乗った。

 伝海達は、驚きで固まってしまっている。


「ほら、もう、龍蛇穴へ行きたいんでしょ。早いとこ、乗った乗った」

「俺たちゃいつからナナカの供人になっちまったんだ」

「全くだ」

「父さんが女の人に弱いからだろ」

「爺さんが、ナナカを怖がってるんじゃないのか」

「孫が、笛の音を聞いて、ほいほい来ちまったからだろう」

「何だと」

「やるか」

「よしきた」

 ナナカを背に乗せたまま、伍の一族は三匹に分かれそうな勢いだ。

「あああ! 止め止め、もう、けんかしないの。三代仲良くね」


「けっ。もとはと言えばおめえのせいだろってんだ」

「そうだ、そうだ」

「孫は、いつも、『そうだ、そうだ』としか言わねえな」

「何だって」

「だから、孫は一番下なんだ」

「そうじゃ、いつまでたっても鳴かず飛ばずじゃ」

「はいはい、はい終わり。さあ、早く乗って。またけんかが始まっちゃう」


 伝海は、あたふたと伍の一族に乗った。

 ナギラも、何を考えているのか分からない顔だが、伍の一族の存在を信じられないものとして受け止めているのだろう、じろじろと眺めまわして、ナナカの方をちらりと見、仕方ないと、毛を伝って乗ってきた。


「本当に、龍蛇穴へ行けるんじゃろうなあ」

 伝海が、怒鳴るようにそう言った。

「嫌なら、下りればいいのよ」

「そうではないが」

「じゃあ、出発!」


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