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77.溢れ出す涙

 ナナカは、サトの家に向かった。

 でもサトは、いつもの特等席に行ってしまったようで留守だった。

 夜まではどうすることも出来ないので、ひと眠りしよう、そう思った。


 2階へ上がり、少し眠った。

 あんなに眠かったのに、あまりの暑さに、ずっと寝続けるのは困難だった。かえって、体が重だるくなってしまった。


 起き上がって下って行くと、いつの間にか帰って来ていたサトが、料理を作っていた。

「おばあちゃん、上で寝かせてもらったよ」

「なんだ、ナナカ。

 朝起きたら靴がないから、随分と早くに飛び出して行ったもんだと思っていたら、今度は、靴があったから。

 忙しいなあ」

 サトは、ナナカを見てかかかと笑った。

「うん?」

 サトは、包丁を置いて、ナナカをじろじろと見た。

 そして、目を細めたかと思うと、一転、目を大きく見開いた。

 そして、瞳をぐるん、と一周させた。


「ナナカ、禍々しいモノが、お前を狙っている」

「禍々しい、モノ?」

 ナナカは、鳥肌が立った。

 サトは、ナナカをしげしげと眺め、それから、考え込んだ様子を見せ、無言で居間の方へ移動した。

 ナナカは、心臓が早くなるのを感じながら、その後を追った。


 サトは、いつもの座イスに腰掛けた。

 腰掛けると、サトは目を閉じた。

 ナナカは、じっと黙ってサトの言葉を待った。


 風が、さわさわと2人の間を抜けていった。

 サトが、ゆっくりと目を開ける。


「ヒイロは? ヒイロの風が感じられん……」

 サトは、ぎょろりとナナカを見た。


 ナナカは、はっとした。

 やはり、やはりヒイロはどこにもいないのだ。

 ヒイロの、優しく自分を見つめる、涼しげな眼差しが思い出された。ナナカは、自分の半身をもがれるようなせつない痛みを感じた。


「おばあちゃん、ヒイロはね、ヒイロはね……」

 ナナカの瞳に涙があふれた。


 もう我慢できなかった。

 ナナカはサトにがばっと抱きついた。

「おや、なんだ、なんだ。

 大きな子どもみたいだなあ」


 サトの干からびた手が、やさしくナナカの頭を撫でた。

 自分の無鉄砲のせいでヒイロを撒きこんでしまった。

 タカラだって同じだ。


 ナナカは、思いっきりわあ~んと泣いた。

 泣いて泣いて、泣き疲れた頃、深い眠りに落ちた。





 風の道になっている涼しい1階で、ぐっすりと眠りこんでしまったらしい。

 気付くと、ナナカには、薄い夏用の掛け布団がかけられていた。

 台所から、とんとんとサトが包丁を使っている音が聞こえる。

 ナナカは、もぞもぞと起き上がった。


「おばあちゃん……」

 ナナカは、掛け布団からちょっと顔だけ出した。

 高校生にもなって、祖母の前でいっぱい泣いたことが、気恥かしかった。

「ん? 起きたか」

 サトは、包丁を持つ手を止め、ちらっとナナカを見た。

「おばあちゃん、ありがとう」

 サトは、包丁を置き、今度はしっかりとナナカを見た。大きな目で、ナナカをじっと見た。


「ナナカ……自分の思う通り、やってごらん。

 ナナカらしく、思いっきりやってごらんよ」

「思いっきり……」

 ナナカは、ぱっと掛け布団を跳ね除けた。

「おばあちゃん、ありがとう。手伝うよ」

 サトの元で、安心して眠ったことで、へとへとに疲弊していた心と体が大分回復し、すっきりしていた。

 あとは、打って出る前の腹ごしらえのみ!


 早めの夕食を、サトと共に取った。

 今晩のメニューは、サト特製のお肉たっぷり牛丼だ。

 がつがつとかきこんで、お腹いっぱいまでご飯を食べると、気持ちが大分落ち着いて、元気が出てきた。

 ちゃんと食事を取るのは、やはり大事なことらしい。気持ちも、明るく快活になる。

 食事の片付けを終えると、ナナカはサトに言った。

「それじゃあ、おばあちゃん! 行って来るよ」


 ナナカは、サトに、どうしたらいいのかは聞かなかった。

 もしかしたら、何かいいアドバイスをもらえるかもしれない。

 でも、もう夕暮れだった。詳しい話をして、心配をかけたくなかったし、一刻も早く伍の一族を呼び出して、龍蛇穴へ戻りたかった。

 帰ってきたら、タカラを紹介しよう。

 そして、もう一度宝珠のことを聞いてみよう。

 ナナカは、サトの家を出た。


「待っておったぞ」

 サトの家を出て駆け出そうとした時、物陰から、割れ鐘の響きのような声が聞こえた。

 ナナカははっとして、声の主を見た。

 この声は……。


 そこから姿を現したのは、袈裟姿の伝海と、不気味は笑顔を顔に張り付けたナギラだった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


ホッとしたのも束の間、やっかいな人達と遭遇してしまいました。


伝海たちのことが、明かされていきます。

……段々明かされるはずです。たぶん(-_-;)

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