75.探す……1
ナナカ達の世界は、もう朝で、8月9日を迎えていた。
「え? いない!」
ヒイロは、不在だった。
昨晩、タカラが泊まり、朝には2人とも居なかったので、涼しいうちに家を出て、タカラの家にでも行って、そのまま遊んでるじゃないかということだった。
ヒイロの家族は、ヒイロの力を知っているので、時々不在でも気にしていないのだ。
突然ヒイロの父が、稽古に連れ出すことも多かった。
いつも、ひょっこり帰って来るし、友達と一緒でもあったので、どこかをほっつき歩いてるんだろうとその位の気軽さだった。
でも、ナナカは、そうじゃないことを知っていた。
ヒイロが、いない……。
スマートフォンにもかけた。
繋がらない。
ヒイロが行きそうな所は? ナナカが思い浮かぶ場所には行ってみた。
いない。
どこにも、いない。
探して探して探して……歩いている内に、自宅のすぐ側まで来ていた。
もしかしたら、カイリに会っているのかも。
ナナカは、玄関に駆け込んだ。
「ただいま! ヒイロ来てる?」
「おはようナナ、おばあちゃんは今朝も元気だった?」
そうだった。
ナナカは、昨晩サトの家に泊まると言ってあったのだ。
サトの家を脱け出したのは、随分と昔のことのような気がする。
「ええと、そうだね。元気よ……」
ナナカは、しどろもどろになりつつ答えた。
「それだったらいいけど?」
母は、ナナカの答え方をちょっと変に思ったようだ。
「元気よ、元気だってば! ねっねえ、そう言えば、昨日みたいにヒイロ来てない?」
「ヒイロくん? いいえ、今日は来てないわよ。いいから、早く家に上がりなさい」
ナナカは母に促され、家に上がった。
あちこちヒイロを探し歩き、へとへとに疲れていた。
ナナカは、ひとまず着替えようと2階へ上がった。
ドアノブに手をかけた時、ふとカイリの部屋のドアが目に入った。
ナナカは、カイリの部屋へ足を向けた。ノックをする。
「どうぞ」
カイリは、部屋で雑誌を読んでいたようだ。
カイリがナナカに視線を向けた。
「おはよう、ナナカ」
カイリが、少しほほ笑んだ。
「朝から大きな声だな。下から筒ぬけ」
困った奴だ、とその目が笑っている。
「お兄ちゃん」
ヒイロが、いなくなっちゃったんだよ。
ナナカは、すんでの所でその言葉を飲み込んだ。
誰かに話してしまったら、本当にヒイロが消えてしまうような気がした。
「どうした?」
心配そうに、やさしくカイリが問いかけて来る。
「やっぱ、何でもない」
ナナカは、首を横に振ってきっぱりそう言った。
ここでカイリに助けてもらっては、いつまでたっても自分が甘ったれの、ダメダメのまんまだ。
ヒイロは、こっちの世界には戻ってきていなかったのだ。
ヒイロは、龍蛇穴にいる。
その思いは、確信に近かった。
そもそも、ヒイロに限って、あの状況でナナカ達を置いてさっさと一人だけで帰って来るはずがないのだ。
では、何で、龍蛇穴の人達は、ヒイロが帰ったと言っていたのだろう。ヒイロを、龍蛇穴に留めてどうするというのか?
「どうした、ナナカ?」
ナナカが急に押し黙ったので、カイリは心配そうに尋ねた。
「ううん、何でもないの。カイちゃん、今日も出掛けるの?」
「ああ、今日は泳ぎに行く約束をしてるよ」
「そっか、気を付けてね」
ナナカは、笑顔を浮かべ、カイリの部屋のドアをぱたんと閉めた。
カイリは、ナナカがいなくなった後も、白い扉を見つめていた。
あの、目だ。
ナナカのあの、真っ直ぐで、ひた向きな眼差しが、カイリには眩しかった。
これからも、ずっと、めくるめくような輝かしい日々が、永遠に続いて行くのだと信じて疑わない、無垢な瞳。
今は、家族やヒイロに守られて、愛しまれているからだけなのだと思いもしない。
(ああ、でも)
ナナカは……。
ナナカなら、立ち向かうのかもしれない。
心が、ずたずたに引き裂かれるような、悲しい出来事があっても。
涙が枯れるほど、泣いて泣いて、泣き疲れた夜も。
(そうであって欲しい)
それは、願い。
ナナカは、けして、強いというわけではないのだ。
ただ、転んでも、転んでも、へこたれない。
失敗しても、次こそはと、もう一度挑戦する、そういうしなやかさな精神のありようが、ナナカの良い所だった。
ナナカは、今も、宝珠とかいう途方もない物を探すと言って、あちらこちらと駆けずり回っている。
そんな物を信じたわけじゃない、信じたわけじゃないが――。
あの、生き生きとした顔が曇るのことのないよう、祈ってしまう。
けして、曇らぬように。
ひたむきなナナカの姿に触れ、カイリの中で、何かが変わり始めていた。
今日も読んでくださって本当にありがとうございます!!
ナナカはヒイロがいないと、調子が出ない……。
カイリにも、何やら兆しが(^O^)




