72.赤牛の陰謀
手を取り合って喜ばんばかりのナナカに対し、機織姫は、悲しそうに目を反らし、鮮やかで可憐な紅の唇を噛みしめた。
「来てしまったのですね」
高く澄んだ声は、か細く震えていた。
ナナカには、機織姫が、がっかりしているように見えた。
「機織姫?」
ナナカは面食らった。
せっかくここまでやってきたのに、なんで。
更に思った。
機織姫がいるなら、この『龍蛇穴』に宝珠はないのだろう。
また、振り出しに戻ってしまったようだ。
機織姫のつれない態度と、宝珠がないことに幾分ナナカは脱力した。
でも、せっかく会えたのだ!
ナナカは気を取り直して、沈んだ表情の機織姫に笑顔を見せた。
「私ね、あれがただの夢だったとは、思えなかった。
機織姫に絶対会えるって信じてたの。
お兄ちゃんには、そんなことありえないって言われたけど、ヒイロとタカラは信じてくれたの」
ヒイロもタカラも最高のトモダチだ。ナナカのありえない話を、信じてくれ協力までしてくれて、ここまで一緒にやって来てくれたのだ。
機織姫は、力なく頷いた。
「そうじゃな、タカラは確かに信じておった」
機織機の更に奥から、冷たく声が響いた。
「誰?」
ナナカは、声がした奥の方を見た。
そこには、壁に背を預け、腕組みをしているタカラ、いや、『主』がいた。
「あなたがなんでここにいるの?」
『主』は、口を歪めて笑った。
「ナナカ、龍蛇穴までの案内ご苦労だったの」
「何を言っているの?」
『主』は、ぞくりとするような冷たい目を、ナナカに向けた。
「さっきも言ったであろう。ここでは、我の力が強まるのじゃ。
どうやら、ここにいれば、この体を自由に操り続けることが出来るらしい」
「はあ? 急に何を言っているのよ」
ナナカは、話の流れが嫌な方向へ向かっていくのを感じた。
「言葉の通りじゃ。
だいたい、この者は、魂鎮めの儀式の折り、死を覚悟しておったのじゃ。
この者は、自分の生に投げやりになっていた。
儀式を行い、小島共々、二翠湖に溶け込んでしまいたいと思っておったのじゃ」
「それは……そんなこと、嘘よ」
口ではそう言ったものの、食堂の女性従業員からも聞いた言葉が頭をよぎった。儀式の失敗のよる不慮の事故としてではなく、自ら死ぬつもりだった可能性……。
ナナカには重い言葉だった。
あの時のタカラの様子をナナカは思い出した。
瞳は、確かに昏い湖の底に沈んでいってしまいそうだった。
ナナカの胸は、チクリと痛んだ。
でも、でも!
「違う、それは、本当のタカラじゃない。
タカラは、心の底から楽しそうに笑ってた。
人は、何もかもが嫌になってしまうこともあるわ。しかも、タカラは環境が環境だったもの! 仕方なかったの。
でも、永遠に続く訳じゃない。
希望を忘れなければ、いつか必ず未来は開けるんだから。
儀式の前は、確かに悲しい現実を前に、苦しみ抜いていたかもしれない。
でも、タカラは、負けなかったもの。
だから、そんなこと、私に聞かせないでほしい。
タカラは、私やヒイロには、何にも話さなかった。
同情されたり、憐れまれたりしたくないのよ。
(ぼおっとしてる所はあるけど)けっして弱音を吐いてない。
誇り高い人なんだと思うの。自分の境遇を呪ったり、恨んだりなんて、してなかったと思うわ」
ナナカは、一気にそこまでしゃべると、肩で息をした。
精一杯話したので、気持ちが高ぶっていた。
「ふん、もう遅いわ。この体、我がもらい受ける」
そう言ってナナカを傲慢に一瞥すると『主』はさっと身を翻し、穴の奥へと早歩きで行ってしまい闇に消えた。
「待って!」
ナナカは、慌ててその後を追ったが、すぐに穴は行き止まりになってしまった。
「どうしよう」
赤牛はどこへ行ってしまったのか、目の前には、無情な岩壁が立ち塞がっている。ナナカは、泣きたい気持ちでいっぱいになった。
なんだか嫌ぁな雰囲気に!
ナナカ、どうする!?




