70.龍蛇穴のにぎわい2
「まあ、よろしいじゃないですか。ぜひご覧になって?」
女店主は、ナナカにおほほ、と笑みを浮かべた。
ナナカはどうもこのお上品な笑顔に弱いようで、愛想笑いを浮かべ、店の中に足を踏み入れ、その額を手にした。
自分の方へ向けて見ると、まさしく、あの有名なダ・ヴィンチの名画だった。
表情は複雑で笑っているようにも怒っているようにも、冷たいようにも感じ、自分を通り越した先にいる誰かを見ているようだった。
「う~ん、す、素敵ですねえ」
とたんに、後ろからくすくすと笑い声が聞こえて来た。ヒイロだった。
「ちょっ、ヒイロ、見てたの?」
入り口で、二人のやりとりを見ていたらしい。
「お姉さん、ありがとう。
すばらしい絵ですね、でも、まだイカ焼きも食べてないからお返しします」
額を女店主に押し付けるように返すと、おほほ……と愛想笑いをしてから、店を出た。
それから、人にぶつからないよう2人で通路の端の方へ行った。
「ああ、緊張した」
ヒイロは、涼やかな眼差しをナナカに向け、まだ笑っていた。
「笑い過ぎよ」
ナナカは、恥ずかしさを隠そうと、口を尖らせた。
「だって、分からないくせに、まるで専門家のように神妙な顔で絵を見てたから」
そう言って、ヒイロは、陽気な笑い声をたてた。
「もう!」
「それにしたって、イカ焼き屋の隣に、あんな絵の店が並んでるって普通では考えられないよ。煙や匂いが付くんじゃないのか」
それから、ま、あんまり普通に考えない方がいいか、とにっと笑った。
ヒイロは右手に、焼きもろこしを持っている。ナナカは目ざとく見つけ指差した。
「あっ、焼きもろこし!」
ナナカは、焼もろこしが大好物だった。焼いたしょうゆの焦げた香ばしさと甘~いとうもろこしの味が、たまらなくおいしい。
「いいだろう、ちょうど腹がへってきた所だったんだ」
そう言って、がぶりとその焼きもろこしにかぶりついた。
おいしそうに食べている。
ナナカも、冷めかけてきたイカ焼きを食べた。
「おいしい」
ナナカも少しおなかが空いてきた所だったので、イカ焼きの味は格別のものだった。顔がほころぶ。
「ナナカのも、うまそう」
「大阪で食べたのと同じ味よ」
イカ焼きは、親戚のいる大阪で食べた懐かしい味だった。
祭囃子や人々の話し声で、辺り一面大賑わいだった。少し大きめの声で話さないと、ヒイロの声が聞こえにくいくらいだ。
このような地下深くに、これほど賑やかな場所があるなんて、誰が想像できるだろうか。ヒイロの表情も、眩しいくらいに生き生きとしていた。
「いかがですか? 楽しい所でしょう」
いつの間にか、背後にいざなが立っていた。
「ええ、とっても楽しい!」
ナナカは、満面の笑みで答えた。
「あれ、あそこ道場みたいだ」
ヒイロが見つけたのは露店ではなかった。
畳敷きの正方形の空間で、道着姿の男の人達が組み手をしている。
「ちょっと覗いてくる」
ヒイロは、吸い寄せられるように近付いていった。
しばらくは、その場から動きそうになかった。
「あなたに、来ていただきたい所があります」
「私?」
「ええ、こちらへ」
ヒイロを置いて行くのは気になったが、ヒイロは、組み手に加わりたくてうずうずしているようだった。
邪魔をするのも気が引けた。
ナナカは、ヒイロに一声かけ、ここへ戻って来ると伝えた。
「それでは、参りましょう」
ナナカといざなは、再び花びらの絨毯の所へ戻った。
「あれ、花が枯れてる」
絨毯の一部が、茶色くなり、カラカラになって枯れていた。
「散った花びらですから、枯れるのも早いのです。
でも、乗るのに支障はありませんよ」
いざなが、先に立って花びらに乗った。
確かに、崩れることもなく、いざなを乗せている。
ナナカも続いた。
でも、他の所は、今もきれいなピンク色をしている。なぜ、一部分だけがこのように急激に枯れてしまったのだろうか。
その部分だけ、枯葉剤を撒いたように……。
読んでくださってありがとうございます☆
絵画よりも、イカ焼き! 花より団子のナナカなのでしたぁ☆★☆




