7.サトの昔語り1
なみなみ注いだ麦茶を、喉を鳴らして再びごくり、と飲んだ。
冷たく冷えたコップは、あっという間に汗をかいている。
ナナカは、ホットケーキにとろりと濃厚なメイプルシロップをかけた。そして、サトが切れ目を入れてくれてあるので、一切れフォークに乗せる。とろ~りとシロップが垂れそうになる所を、ぱくり、と口へ運んだ。
「ん~、最高!」
ふわふわのホットケーキの甘さが、口いっぱいに広がる。
サトは台所から、少し目を開けてその様子を眺めていた。
「おいひい」
もぐもぐと勢いよく頬張った。ほっぺが落ちそうなほどおいしい。
「サラダも食べるんだぞ」
ホットケーキやサラダだけではなく、サトの料理、特に和食は絶品だった。
隠し味の調味料が特別で、手作りの物が多い。香草や植物の実などを混ぜたり、つぶしたり、漬けたり、海の物からダシを煮出したりしてあって、いくらでも食べられてしまう。
ナナカもサトに付き合って、春など山菜を採りに毎年山へ入っていた。
「ナナカ、うまそうに食べるなあ。足りないようなら、海でさざえでもとって来ればいいんだ」
サトは、居間に戻って来ながら、2枚目のパイナップル入りのホットケーキのお皿をちゃぶ台に置いた。
ナナカは、口いっぱいに頬張りながら、もぐもぐ答える。
「やばいよ、この前、桜子ちゃんが、ばれそうになったってもの」
「はっ、はっ、桜子は、トロそうじゃ。信乃なら、逃げ足も早いだろうに」
幼馴染の桜子と、信乃は、ナナカの通う翠嵐高校の3年生で双子の姉妹だ。美人なので、とても目立目だっていて、ナナカ達1年女子から絶大なる支持を受けている。笑顔を向けられると、好きになってしまう! と男子からも大人気だった。
ナナカは、子どもの頃から、この近所や海でよく遊んでもらっていた。
そして、その弟、ヒイロ……も。
ヒイロとは、互いに別々の高校へ進学したので、出会う機会が少なくなっていた。
ナナカは、ご飯を食べ終わると、さっと食器を洗った。
サトは、テレビのバラエティ番組には関心がないらしく、うちわで扇ぎながら、気持ち良さそうに半分目を閉じている。
こういう時には、サトは風を読んでいるのだ。
居間のすだれを通して、そよそよと入って来る風を通じ、ナナカが感じられない何かから、海の様子や、天候などを感じ取っているのだった。
ナナカが全ての片付けを終え、居間へ戻ると、サトはテレビを消して、穴の開くほどナナカをじっと覗き込んだ。
「ななな何?」
さっきと同じように、瞳がわずかの時間、縦に糸のように細くなったように見えた。
「ナナカ、何かあったのか」
さすが、おばあちゃん、とナナカは思った。
やはりサトは、何でも見抜くのだ。
子どもの頃遊びに来たナナカに、サトはよく昔話をしてくれた。
その中で、ナナカが恐怖と共に、一番心に残っているのは『ナミ小僧』の話だった。
荒来町へ来る途中に、海の波と波とが互いにぶつかりあって、交錯している場所がある。地元では、三角波と呼ばれていた。
本来の三角波とは違うのだが、そこは潮の流れが複雑で、昔から何人もの人が溺れていた。死者もでている。
その一帯の海は、きらめき輝くエメラルドグリーン色で、波と波とがぶつかり合い、とても美しい。でも、見た目とは裏腹に大変危険なポイントだった。
遥か昔から『ナミ小僧』という少年が住みついていて、寂しさから人間を海に引きずり込む、と子どもの頃からサトに聞いていた。
桜子や信乃、ヒイロ達、この近所の子ども達は、聞いた日は怖くて眠れなかった。
でも、そのおかげで、三角波の起こる磯には、みんな怖がって近づかなくなった。
このような話を、ナナカはサトから聞いていた。
サトがリモコンのスイッチを切った。テレビが消えると、家の中は静かになった。
サトは、細めたかと思うと、一転、目を大きく見開いた。
そして、瞳をぐるん、と一周させた。
「ナナカ、人ではないものと、出会ったんじゃないか……」
「えっ」
「臭いがする……。
それもまた、ナナカの運命やもしれん」