68.インビテーション
「ふわあ、やっと着いたか」
タカラが両腕を大きく伸ばした。
その声は、またタカラのものではなくなっていた。
「赤牛さん、また出てきたの?」
ナナカは、じろりと睨まれた。
「悪いか? ここでは、我の力が強まってこの者の表面に出やすくなるのじゃ。
だから、ここに来たかった」
「祭りが見たかったせいじゃないのか」
「誰が、祭りなど……。
閉じ込められているのは窮屈でな、自由になりたかったのじゃ」
『主』は、つんと言った。
「タカラは、どうなってるの?」
「タカラも、同じものを見、聞くことは出来ている」
「なら、いいけどさ」
「ふん」
「ナナカ、行くぞ」
ナナカは、頷いた。
大穴は、覗きこんで見ると壁面からたくさんの木々が空に向かって生え、葉を茂らせていた。横から出ている幹が、急に方向転換し、真上に向かい伸びている。
奥の方は、光も届かず、どうなっているのかよく見えない。
「これが、『龍蛇穴』なのね」
ナナカは、独り言のようにつぶやいた。
サトから聞いた、和田平太の入って行ったという洞穴は、ここのことなのだろうか? サトの話の印象では、横穴だと思っていたナナカだった。でも、この洞穴は、真っ直ぐ地の底まで届きそうな深い縦穴だ。
和田平太や他の武士は、2度と戻って来なかったと言っていたサトの言葉が思い出される。
ナナカは、ごくりと唾を飲んだ。
「それでは、参りましょう」
いざなは静かにそう告げると、すっと右手を上げた。
すると。
ざっと一陣の風がふき、辺りに降り積もっていた桜の花びらがふわりと舞い上がる。ナナカとヒイロは、風から自分の身を守った。
風は、直ぐに止んで、何が起こったのだろうと顔を上げたナナカの目に映ったのは、いざなに呼び寄せられるように集まる、桜の花びらだった。
吸い込まれるように、まだ上げられたままのいざなの手元に集まり、それからひらりひらりと足元へ落ち、広がって行く。
美しい花びら達は、まるで意思があるかのようだ。
いざなは、無表情だった。
ナナカもヒイロも、声を出すことが出来ずに、目の前の出来事に心を奪われていた。
「もう、いいでしょう……」
いざなは、すっと右手を降ろした。とたんに、花びら達は、意思を失ったように、はらはらと好き勝手に落下して行った。
「さあ、こちらへ。この上へ、お乗り下さい」
いざなの足元には、タタミ2畳程の、花びらで出来た絨毯が広がっていた。
「今のすっごいきれいだったね」
ナナカは、隣のヒイロに言った。
「ああ、あんまりにも非現実的なことが起こり過ぎてて……ただ、次に何が起こるのか楽しみでもあるけど。でも、油断しないで行こうな」
「本当ね、行こう!」
ナナカ達は、いざなに招き寄せられるまま、みずみずしく降り積もる、薄いピンクの絨毯に足を乗せた。新鮮なそれらに、靴が埋まる。
腕組みしているタカラ――『主』も続いた。
全員が完全に乗ったのを合図に、何とその絨毯はふわっと浮いた。
「わあ、すっごい!」
ナナカは、声を上げた。
「飛んでる」
ヒイロも、きょろきょろと辺りを見た。『主』は、腕を組み、つんつんしたままだ。
ナナカは、ヒイロの服の裾につかまった。
ナナカ達に対し、いざなは、口元を緩め、穏やかな顔で言った。
「このまま、龍蛇穴に降ります」
2畳近くあった絨毯は、少し狭まり、全員を乗せて暗い穴の真上へと移動した。
ナナカの頭の中にふと、いざなイコール龍蛇穴へとナナカ達を『誘う』案内人という思いが浮かんだ。
あれっ(@_@;)まだ内部に入れませんでした……。
明日こそは、突入です(汗)




