64.伍の一族1
ナミ小僧は磯で既に待っていた。
懐中電灯の光があっても、海は暗く、ナミ小僧の輪郭がおぼろげに分かる程度だった。
しばらくして、目が闇に慣れてきた頃。
「あッ、来た!!」
ナミ小僧が叫んだ。
真っ白い蛇のようなものが、くるくると回転したり、上に行ったり下に行ったりしながら近付いてきた。
そのモノは、月の光を反射しながら輝いていて、まるで、暴れるように空を駆け巡っている。
「龍みたい」
ナナカはその光景に見とれた。
「ぷぷ……けんかしてるみたいだね。
あ、そうそう、他の人間には見えないよ。おいらといるからナナカお姉ちゃん達にも見えるけど、他の人には、風がふいたようにしか感じられないんだ。
ああやッて、空をあちこち飛んでるんだ。
冬の木枯らしは、たまに伍の一族が作ッてるんだよ。
そして、春一番を起こして上空に行ッてしまうんだ。
冬はいいけど、暑いのは苦手だからね。
この時期に、伍の一族が地上近くにいるッてのは、特別なことだよ。ナナカお姉ちゃんには、不思議なことを呼び寄せる力があるのかもしれないね」
ナミ小僧が話す間も、上へ行ったり下へ行ったりしながら、白く輝く龍の様なものは、徐々に近付いてきた。
伍の一族と言うけれど、龍は1体だけしかいない。
そしてついに、ナナカ達の目の前までやって来た。
表面は、鱗ではなかった。さらさらとした、柔らかそうな長い毛に、全身を覆われていて、海風にふわふわなびいている。
白く見えたけれど、白銀色に輝く毛だった。
月光にさらされて、とても美しい。
光に包まれて、ナナカ達の周辺が明るくなり、お互いの表情が良く見えるようになった。
目は、赤い。真っ赤だ。
目以外は、毛に覆われていて見えなかった。
龍がナナカ達をじろり、と見た。
ナミ小僧が、口を開いた。
「上のお爺ちゃんは、ご機嫌ナナメみたい。
真ん中のお父さんは、笑ッてる。
下の息子は、きょろきょろしてるね」
銀色の毛むくじゃらの龍は、ぎろっと赤い目をナミ小僧に向けたかと思うと、次の瞬間、ぽん、と音がして、頭側、胴体部分、尻尾の方、と3つに分かれた。
「え~!!」
ナナカ達が驚いていると、なんと3体は、毛の中からにょきっと足を出したり、腕を出したり、頭を出したりした。
頭は小さく、毛に埋まっているのか、人間の顔の上半分位だった。でもそこに、目も鼻も口もあった。
「バランスが悪くていかんのじゃ。星は、まだ降り出してねえのによ、孫が、ちらちらよそ見ばかりしておるから」
「だって、3年前はじいちゃんが寝坊したから、見過ごしちゃっただろ」
「息子よ、お前がわしを起こさなかったら、いかんのじゃ。孫の胥は、口ばかり達者じゃのう」
「あ~あ、始まッちゃッた。しゃべり出したら止まらないんだから」
ナミ小僧が頭を抱えた。
突然現れた、この毛むくじゃらの3匹は……?
「イエティみたいだね」
タカラが、あっけにとられている。
ナナカは、白クマが、毛がたくさん生えてむくむくしたら、こんな感じになりそうだと思った。
「ねえ、3人ともちょッと聞いてよ。今日は、紹介したい人間がいるんだ」
まだ、なんだと、この! と言い合いを続けていた3匹は一斉に振り返った。
「そうだ、ナミ小僧、この人間達は誰なんじゃ」
「そうだ、ナミ小僧、このかわいい女の子は誰なんだ」
「そうだ、ナミ小僧、男もいるじゃないか」
「男までいるのかよ、いいよ女の子だけで」
「いいじゃないか男がいても。何が困る?」
「別に困っちゃいないさ、変なこと言うなよ」
「何だと、変なことを言っているのは孫だ」
「いや、真ん中の父さんだ」
「違う、上の爺さんだ」
「言ったな!」
3匹は、お互いに殴りかからんばかりだ。




