62.赤牛の一睨み
雰囲気がすっかり変わっている。
タカラには堂々たる威厳があり、冒しがたい空気をまとっている。そして、何歳も年をとったようで、高校1年の男子には到底見えなかった。
でも、服装も、髪型も、全てタカラだった。
「タカラ?」
ナナカは思わず呼び掛けた。声もタカラとは違う。
タカラは、ナナカをじろりと睨んだ。そして、腕を組んで、顎をつんと上げた。
「我は、赤牛じゃ」
「赤牛? 二翠湖の!? そんなこと出来るのお」
ナナカは、驚きの声を上げた。
「我を誰だと思っておるのじゃ」
どうやら、タカラの中の赤牛が、しゃべろうとしないナミ小僧にじれったくなって、出てきたらしい。
「おい、ナミ小僧」
赤牛が、昨日ナナカを睨んだのと同じ目で、ぎろりと睨んだ。
「はははいいいい」
ナミ小僧は、こちんと固まった。
「お願い、ナミ小僧」
ナナカも、真剣だった。
赤牛は、氷のような冷たい眼差しを、ナミ小僧に向けた。
「早く、『龍蛇穴』へ我を連れてゆくのじゃ」
赤牛は、びしっと言った。
「わわわわかッたよ。全くおっかないおばちゃんだな 」
「何とぬかした」
赤牛は、憤然と言った。
「な、何にも言ッてないよう」
ナミ小僧は、顔の前で、手を勢いよくぶんぶんと振った。
「人間には、おいら達の世界の事は、本当は内緒なんだよ。おいら、知らないからね」
ナミ小僧は、観念したようだ。
「連れてってくれるの?」
ナナカは、両手を胸の前で組んだ。その瞳は、期待に明るく輝いている。
「おいらは行かないよ。あそこは、嫌な感じがするんだもん、行く気になれないんだ。それに、じめじめしてて、夏だから暑いかもしんない。
でも、ちょうど、花火大会を見るために、『伍の一族』が来てるから、連れて行ッてもらうといいよ。
『伍の一族』は、おいらの家族みたいなものさ。夏の間は上空を飛んでいて、地上にはなかなか下りて来ないんだ。暑い時期に地上にいるのは珍しいよ。星祭りのお陰だね。
ナナカ姉ちゃん達は、運がいいよ」
「伍の一族って……」
ナナカは、先日、ナミ小僧が、この言葉をぽろっとこぼしていたのを思い出した。
「伍一族ッていうのはね、空を駆ける一族さ。
すごく早く駆けるんだ。
寒い季節が大好きで、冬になると地上にも下りて来て、目に見えない早さで、日本中を駆け抜けているんだよ」
「へえ」
タカラが抑揚のない平坦な相槌を入れた。
「あれっ、いつものタカラに戻ってる!」
タカラは、にっこり笑った。
いつものぼんやりした、女の子顔のタカラだった。
「長い時間は、僕を乗っ取ることは出来ないみたいだよ。相当力を使うんだって」
さっきまでとは、雰囲気も顔つきも全然違っている。
「ああ、良かッたあ。おいら、おッかなかッたよう」
ナミ小僧は、ホッとしたように、その場にしゃがみこんだ。
「でも、僕に早くしろってけしかけてるよ」
「わ~。ごめんなさあい」
ナミ小僧は、座ったまま、ぴしっと背筋を正した。
ナナカは、ナミ小僧の正面に座りこんだ。
「ナミ小僧、言いにくいことを話してくれて、ありがとうね」
ヒイロと、タカラも、ナミ小僧を囲むようにしゃがんだ。
「しょうがないよ。あそこは、一年中お祭りをやッていて、楽しいといえば楽しい所だよ。赤牛のおばちゃんが、行ッてみたいッていうのも分かる気がするよ。
でも、悲しいといえば、悲しくて、危ない所だよ」
「悲しくて、危ない?」
「うん、どうしても行くッて言うなら仕方ないけど、絶対帰ッてきてね」
「それは、どういう?」
「おいらも、全部を知ッてるわけじゃないんだ。でも、嫌な感じのする所だよ」
「あと、さっきお祭りって言ったけど」
「うん、縁日みたいな感じで、いくらいても飽きないんだ。祭囃子も聞こえてて、とッても活気があるから、すッごく楽しい所でもあるよ」
ナミ小僧は、その光景を思い出しているように、遠い目になった。ナナカは、首を傾げた。
(嫌な感じがする所なの? 楽しい所なの? 一体、どっち)




