表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/95

61.知らんぷり

 三角波のナミ小僧の浜は、穏やかだった。

 海の色はエメラルドグリーンで、いつ見ても、南国のリゾート地を思わせる。

 波と波が内側へと、両側から向かって来ている。


 目に眩しいきれいな色の海。でも、ナナカは、この沖で溺れかけた。

 ここは、美しいだけじゃない、危険なポイントでもあった。


「ナナカ、一つ聞きたいんだけど。本っ当に、海に引きずり込まれたりしないだろうな」

 ヒイロは、ふいに、子どもの頃サトから聞いた怖い話を思い出したようだ。ナナカは、意地悪く、上目使いでヒイロを見た。

「もしかして、怖いの?」

「まさかだろ」

 ヒイロは、強がっているのがばれないように顔を背けた。幼少時の衝撃的な怖い話が、刷り込まれているのだ。

 思い出すと、やはり多少は(本当にちょっぴりだけど)心配にもなる。


 タカラは、笑い出しそうになるのを堪えた。

 凶暴な赤牛に、自分を顧みず、果敢に体当たりしていったヒイロと、同一人物だと思うと、おかしかった。

 こういう一面もあるんだ。人には、いろんな面があるということだ。

 極端に人との関わりを持たないようにしていたタカラにとっては、新鮮だった。


「怖くないと言ったら、怖くないんだって! ナナカ、笑うのを我慢してないで、早くナミ小僧を呼んだら?」 

 ヒイロは、拗ねたようだった。


「ごめん、ヒイロに怖いものがある訳ないよねっ」

「ナナカ、その言い方、ますますヒイロに嫌味だよ」

「そんなつもりじゃなかったんだけど」

 ナナカとタカラは目を見合わせて、肩をすくめた。タカラとも、いい感じに息が合って来た。ナナカは 大きく息を吸い込んで、海に向かって呼び掛けた。


「こんにちは、ナミ小僧~!

 聞きたいことがあるの~。

 出て来てよ~」

 しばらく、海は静まり返っていたが……。


「お姉ちゃん!」

 海の中から、ナミ小僧がざぶん、と頭を出し、水掻き付きの手を振った。

「ナミ小僧! また会えたわね」


 ナナカが嬉しそうに、右手を大きく振ると、ナミ小僧も、満面の笑みを浮かべた。ヒイロは、実際にナミ小僧に会って、やはりちょっぴり腰が引けているようだ。その様子を見て、タカラがくすりと笑った。 ヒイロが、タカラを睨んだ。


 ナミ小僧は、ぼたぼたと水をしたたらせながら、浜へ上がってきた。

「お姉ちゃん」

 ナミ小僧は、相変わらず、身体に藻を絡み付かせている。

「紹介するね。私の友達の、ヒイロとタカラよ」


「はじめまして。俺は犬河緋色。よろしく」

 ヒイロの笑顔は、緊張でぎこちない。

「知ッてるよ、ヒイロお兄ちゃん。僕は、ずうッと昔から、夏はこの海にいるんだもん。おいら、みんなのことを知ッてるのさ」

 ナミ小僧が得意げに言った。


「俺のことを!?」

 ヒイロは、少し嬉しそうに言った。


「うん、へへッ」

 ナミ小僧が、人懐っこい笑顔を向けたので、ヒイロの恐怖心は、ぱっと払拭された。

「僕も、はじめましてだね。斎城寶だよ」


「タカラお兄ちゃんだね、よろしく。

 美浦の人? おいら、お兄ちゃんのこと、知らないや」

「美浦は美浦でも、山奥だからね。それに、あの一帯は特殊な地域でもあるから」


 サトは、ナミ小僧の事を、信じていない者には、その姿が見えないと言っていた。

 2人は、ナナカの話を信じてくれていたということだ。ヒイロは、怖がっていたのだから、今まではいなければいいのにと思っていただろう。でも、否定しないでナナカの話を信じてくれたのだ。


 また、サトは、ナミ小僧が現れるのは、信頼できる人の前だけだと言っていた。ナミ小僧が、自分や自分のトモダチを信じてくれている。それも、嬉しかった。


「ねえ、ナミ小僧」

 ナナカは、ずずいとナミ小僧に近付いた。


「な、なあに?」

「ナミ小僧は、昔からここにいて、色んな事を知ってるんだもん。

 分からない訳ないよね、私達が知りたいこと」

 ナミ小僧は、ぎくりとした。


 ついつい大好きなナナカの声に誘われて、機嫌良く出て来てしまったけれど、話したくないことを問いただされていたのを思い出した。


「何の話かなあ? おいら、お姉ちゃんが呼ぶもんだから、つい上がッて来ちゃッたんだよね」

 人の良いナミ小僧だけれど、このことには、しらを切り通すつもりのようだ。


「私、タカラから聞いちゃったんだ。

 やっぱりナミ小僧は、『龍蛇穴』の場所を知ってるんでしょ? 二翠湖の赤牛がそう言ってるんだって」


「おいら、何のことか、さッぱりだもんねッ」

 白々しくそう言って、ナミ小僧は後ずさりしようとした。ナナカは、濡れた青い着物の袖を、はっしと掴んだ。


「おっと、今度は逃っがさないよ~。教えてくれるまで、離さないもん」

「おおおおいら、本当にわッかんないなあ」

 ナミ小僧は、そらとぼけている。


「いい加減に、白状せぬか」

 その場に、重々しい女性の声が響いた。でも、この場にいるのは、ナナカとヒイロと……あれ?


 タカラ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ