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60.動き出す

 店を出ると、向こうの岸辺の芝生の公園が目に入った。

 タカラが、ベンチで横になり、足を投げ出して昼寝しているのが見える。


「あれは」

 そのすぐ側。公園に、いたのは。


「ねえ、ヒイロ。見て、あそこ」


 ナナカが指す方を、ヒイロは何気なく見た。そして、気付きヒイロの視線がその相手に釘付けになった。

 何を考えているか分からない、笑顔が張り付いたような顔をした、あれは。


「あいつ……ナギラ」

 やはり、伝海とナギラも、宝珠を探して『タマシズメ』という言葉に辿り着き、この湖へ調べに来たのだろうか?


「ヒイロ、気付かれないうちに、行こ」

 ナナカは、ヒイロの腕をぐいぐい引っ張った。

「あ、ああ」

 歩き始め、ヒイロはもう一度公園の方を振り返った。その時、ナギラはぱっとこちらを向いた。遠くからでも、気付いたのは明らかだ。


 笑っている……。


 相変わらず気味の悪い、嫌な表情だ。ヒイロは薄ら寒いものを感じた。

 桃香島での戦いを思い出すと、悔しさが込み上げて来る。もっと、もっと、もっと、強くなりたい。

 ヒイロは、ナナカに腕を引かれながら、尚もナギラを睨み続けた。





「うぬぬ……。あの者達め」

 ナギラの視線の先のヒイロに気付いた伝海が言った。

「和尚、やはり昨晩来れば良かったですね」

「うむ。昨日の夜、『水鏡みずかがみ』は不穏に波立っていた。何を現しておったのやら……。

 そして今日、二翠湖に来てみると、またもやあの者達がおった」

「何か、関連があるのかないのか……」

 ナギラは、赤い唇をぺろりと舐めた。




 ナナカ達二人は、美浦駅でバスを降りた。

 歩き出した頃、ヒイロのスマホが鳴った。着信音は、今日は普通の電子音だった。

 焦ることなく、普通に携帯を取り出すヒイロを見て、ナナカはちょっとつまらないな、と思った。


「もしもし、あ、タカラか?」

「えっ、タカラ?」

 ヒイロは、うんと頷いた。さっき、お互いの連絡先を交換したのだった。


「えっ、赤牛? ……そんなことを。……分かった。……分かった、駅前で待ってるよ」

 ヒイロは、スマホを、ショルダーに戻した。

「ねえ、タカラは何て? ここに来るの?」


「赤牛が、目覚めたそうだ。そして、『龍蛇穴』に行くと言っているらしい」


 ナナカは、目を見開いた。

「龍蛇穴って!」

 桃香島でも、二翠湖でも、手掛かりを見つけられず、困り切っていたナナカは、その言葉に食いついた。

 『龍蛇穴』……そこに行けば、その昔、和田平太が倒した大蛇おろちが持っていた宝珠があるのではないだろうか。

 ヒイロの瞳に強い光が宿る。


「これで、大きく動くぞ」





 美浦駅に、タカラがタクシーでやって来た。

 二翠湖の大人が、赤牛のためにお金を出してくれたらしい。場所を移動して、駅裏の公園へやって来ていた。


「タカラ、赤牛は、何て言ってるの?」

「僕の中に閉じ込められて、退屈なんだろうね。

僕が二人から聞いた話を思い出していたら、急にこの話題に食いついて来た感じ」

 自分の中に、他の存在がいるのがどんな感じなのかわからない。でも、落ち着かないに違いない。


「急に、行きたいって言い出したんだよ」

「で、どうすれば、そこに行けるの? そこには、光速で移動する龍がいるの? 宝珠はあるの?」

 ナナカは気持ちが焦り、早口になった。

 口が回らなくて舌を噛みそうになるのは、いつものことだ。


「そこまではわかんないや」

「行ってみればわかるんだよね」

「そうだと思うよ」

「それじゃ、行こう!」

 ナナカは、今にも2人を引きずって、走り出す勢いだ。


「待て、ナナカ。落ち着けって。行くって言ったって、一体どこへ」

「あんた、落ち着きつきない人だねえ」

「そ、そうよね」

 ナナカは気を取り直した。


「で、どうすればいいのなあ?」

「ナナカはナミ小僧を知ってて、会うことが出来るんでしょ。

 赤牛は、ナミ小僧に聞いてみろって言ってるんだ」

「ナミ小僧は、三角波の磯で呼びかければ、出て来てくれるよ」

 ナナカは、頷いた。


「じゃあ、行っくよお」

「うわわっ!」

「おっと!」

 2人を引っ張って、ナナカは駆け出した。ヒイロの鈴が、りーんと鳴った。


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