6.満月のホットケーキ
サトの家は、古い木造の2階建てだった。
「ただいま~」
ナナカは、すだれをかきあげ、先にサトを通すと、ローファーを脱ぐ時間を惜しむように、ぱたぱたと中に入った。
「おばあちゃんちって、いつも涼しい。うらやましい~」
「ああ、風の通り道になっているからなぁ」
どたどたと上がりこみ、台所へ向かう。
冷蔵庫の一番下の引き出しを開け、麦茶を見つけると、こぽこぽと勢いよくコップに注ぎ、一気に飲んだ。
きんきんに冷えた麦茶を、ごくごく飲むと、全身がすうっと勢い良く水分を吸収して、潤っていくようだ。
「くうう~!!! めっちゃめちゃ生っき返るぅぅ」
あまりのおいしさに、思わず顔がほころぶ。
サトにも麦茶をいれ、居間のちゃぶ台の上にとん、と置いた。
「おばあちゃん、お腹と背中がくっつきそうだよ。なにかあるかしら?」
「今日は誰か来るんじゃないかと思っとったんじゃ」
居間の腰掛けイスへ腰を下ろしていたサトは、「どれどれ」と言って、ゆっくり立ち上がった。
台所へ行き、冷蔵庫を開ける。ナナカも連なって行って一緒に覗きこんだ。
庫内には、たくさんのおかずが用意してあった。
ピーマンの肉詰めや、イワシの南蛮漬け、夏野菜の炒め物、それに、トマトなどの彩り鮮やかなサラダが、ピンと張ったラップをかけ並べてある。それと、ボールも。
サトは、ボールを取り出した。
「わあああ」
ナナカは目を輝かせた。
ホットケーキの種だった。
「やったあ、ホットケーキ!」
さすが。サトには、ナナカがやって来ることは、お見通しだったらしい。
「うれしい♪」
サトは、冷蔵庫からバターも取り出した。そして、フライパンをコンロに置き、火をかける。
「おばあちゃん、お皿用意するね」
ナナカは、嬉しくなって軽やかな足取りで、食器棚からお皿を出した。しばらくすると、ジュッという音がして、バターの焦げるにおいが台所いっぱいに充満した。
ナナカは、待ちきれなくてよだれが垂れそうだ。
「ナナカ、冷蔵庫の上にあるパイナップルの缶詰を開けておいておくれ」
「すごっ、パイナップルを入れるの?」
「ああ、メイプルシロップもあるから、最初のには、何も入れんけどな」
「シロップもっ? 贅沢ぅ! やったあ、楽しみ~!」
フライパンには、黄金色に輝くホットケーキの種が投入された。再び、ジュワッという音が上がる。
「おばあちゃん、私、幸せすぎて、訳が分かんなくなって来ちゃった」
ナナカは、パイナップルの缶詰を冷蔵庫の上から取って、ぱかんと蓋を開けた。こちらもシロップの中で、黄色く瑞々しいパイナップルが光って見えた。
「うわあ、甘そう、早く食べたい~!!」
「せっかちだなあ、ナナカは」
サトが、フライパンのホットケーキをひっくり返した。
まあるいホットケーキは、こんがりとほどよく焼けていい色が付いている。
「さすがおばあちゃん、きつね色だね。焼き加減ばっちり」
それからナナカは、居間のちゃぶ台を拭いて、リモコンでテレビンを付けた。バラエティ番組が賑やかだ。
さらに、冷蔵庫からトマトのサラダを取り出し、メープルシロップやお箸、フォークも並べた。
台所から居間へは、ホットケーキの焼ける甘~い匂いが漂って、ナナカのお腹は、盛大音量でぐうううっと鳴った。空腹は、ますます増してきた。
「それ、出来たぞ」
「やったあ!」
ナナカは、スキップするような足取りで、台所へホットケーキを取りに行った。
お皿には、出来たてほやほやの黄金色のホットケーキがある。まるで、満月のようだ。
「ははあ」
ナナカは、お皿を高く掲げ、サトに一礼した。それからお皿を捧げ持ち、聖なるもののように厳かに居間へと運んだ。
「ははは、たいそうなことだなあ」
サトは、目を細め、愉快がった。
「次はパイナップル入りだよ。そっちが冷める前に早くお食べ」
「ありがとう!」
ナナカは、両手を合わせた。
「いただきます!」