58.十二連島
「タカラくんには、つらい思いをさせてきてしまったと思います。
さっき、楽しそうにあなた方と話してるのを見て、やっとそれに気付いたの」
女性は、一度言葉を切り、何かを思い出すように、窓の外の遠くを眺めた。
「あの子の母親は、自分勝手な人でね。みんなから嫌われていたの。
みんなっていうのはね、この一帯のお店には赤い牛のマークのロゴが入ってるでしょう。お店だけじゃなく、普通の家もあるんだけどね、全部血縁関係でつながっているのよ。
それでね、あの子の母親は、身勝手だったけれど、鎮めの力を持っていたから、誰も面と向かって、はっきりと物を言えなかった。
お金のことで、相当周りに迷惑をかけてきたわ。
そして、父親のわからない男の子と、大きな借金を残して、都会に別の男の人を作って姿を消したの」
「その男の子が、タカラだったんですね」
ヒイロは、暗い気持ちになりながら、口を開いた。
ナナカも、氷を食べる手を止め、話に聞き入っている。
「ええ、そう。
みんな、あの女の事を、すごく怒っていました……。
でも、鎮めの力は、生まれた男の子、タカラくんにもあることが分かったの。
あの女の子どもを引き取りたい人なんて、誰もいなかったわ。
でも、鎮めの力はこの湖に、なくてはならないものだったのよ。
だから、仕方なく、預かる人が現れた」
「仕方なくなんて、ひどいわ!」
ナナカは、涙が滲んできた。
タカラの昏い眼差しや、寂しそうな笑顔が思い浮かんだ。
「ええ、あなたの言う通りです。
あの子が悪いわけじゃないんだもの。本当にその通りだわ。
誰か、小さなあの子に母親のことを言う人もあったみたい。
あの子は、全部分かってました」
「そんな」
ナナカは、タカラが可哀そうで、胸がずきずきと痛み、苦しくなって来た。
ヒイロが、ナナカをいたわるように背に手を置いた。
「そういう環境で育ってきたなんて」
女性は、ヒイロに頷いた。
「ええ、それだけじゃないの。
あの子の鎮めの力は、すごく強いものだった。
母がいない寂しさもあったと思います。
小さな頃は、感情のコントロールがうまくできなくて、自分をいじめる子達に怪我をさせてしまったり、ホテルの窓ガラスを、全部割ってしまったり、自分の部屋がめちゃくちゃに荒れてしまったり……そんなことが起こったわ。
力の制御の方法を教えてくれるはずの母親がいなかったせいで、あの子は力を持て余していたみたい。
結果、みんなはタカラくんを恐れて近付かなくなった」
ナナカには、その時のタカラの気持ちは想像も出来なかった。
自分を大切にしてくれる人がいなかったから、学校でも、人に対して自分から、関心が持てなかったのかもしれない。もしかしたら、人と接するのが、怖かったのかもしれない。思い出すのは、頬杖をついて、独りで窓の外をぼんやり眺めている姿ばかりだ。
「今年、何十年ぶりに、鎮めの儀式を行うことになって、あの子は、淡々と準備を始めたわ。
全て、たった独りで。
みんなが避難することになっても、表情一つ変えませんでした。
あの子は、まだ高校生になったばかりなのに、こんな大変なことを、全て一人で引き受けた。
その時、私は気が付いたの。
あの子は、自ら命を落とすつもりなんじゃないかって」
「えっどういうことですか?」
ナナカは、身を乗り出した。
自ら命を落とすって、どうして?
女性は、頷いた。
「鎮めの力には、そういう使い方もあるって、聞いたことがあります。
この湖には、十二連島があるでしょう。
でも、十二個も島はない。既に、浪切、白狼、玲月の3つの島は、沈められてしまったわ。
『主』を抑えるために、自分の身を犠牲にして、島と共に湖に沈むという方法もあるらしいの」
「それって!」
ナナカは、立ち上がった。
それでは、人身御供ではないか。タカラも、死を覚悟していた、と言っていた。赤牛に、人間の犠牲を捧げる、そんな、野蛮な儀式が行われていたとは。




