56.トモダチ
タカラは、2人の説明が終わるまで、じっと黙って聞いていた。
ナミ小僧の話には興味を持ったようだ。そういう不思議な存在が、この美浦に赤牛以外にもいるということに、関心があるみたいだ。
「魂鎮めの儀式が、宝珠と関係していると思って、昨日の夜ここへ来たんだね」
「ええ、そうだったの。
でも、違ったみたい……」
「僕は、この湖の『主』のことしかわかんないな。
でも『主』なら何か知ってるかもね。その機織姫とは『同業者』かもしれないし」
「『同業者』……そんな言い方しないでほしい。
同じような存在ってふうには、思えないもの」
昨晩、ぎょろりと血走った目でナナカを睨みつけた赤牛と、儚げな風情の機織姫や、かわいい少年のナミ小僧が、同じような存在には思えなかった。
でも赤牛が起きれば、何か解決できる事もあるかもしれないようだ。
ただ、仮に赤牛が起きたとして、素直に話してくれるのかは分からなかった。あんなに凶暴だったのだ。
ナナカに親しみを感じてくれているナミ小僧でさえ、教えてくれなかったというのに。
それに、ヒイロの(あの!)姉達を彷彿とさせる性格の持ち主だし、ナナカ達の事を、昨日は殺そうとしたのだ。素直に話してくれる気がしなかった。
「タカラの中にいる『主』のことを聞かせてくれ。どうすれば、お前は弱っても喰われないで済むんだ?」
ヒイロが、真剣な声でタカラに言った。
ナナカも、気を取り直して、タカラを見た。
タカラは、きょとんとした顔になった。
「そんな方法ないと思うけど」
何で聞くの? とでも言いたげな、不思議そうな顔をヒイロに向けた。
「僕は、一生この湖のほとりで暮らして『主』のお守をしていくつもりだよ」
「それでいいとは思えないぞ。お前、喰われたら死ぬんだろう?
何とかそうならないよう、方法を考えよう。
方法さえ分かれば、どんなことでもするから」
タカラは、ますます不可解そうな表情になった。
「何でヒイロがどんなことでもするの?」
「当たり前だろ。そうなったのは、俺達のせいなんだから」
ナナカも勢い込んで口を開いた。
「特に私のせいよ。
それに、たとえ今の状況が、私のせいじゃなかったとしても、トモダチなんだもん、助けるのは当たり前だわ」
「あともう一つ言わせてくれ。この湖のほとりで暮らすのは、湖に棲む『主』を鎮めるためなんだろう?
でも、『主』はもう湖にはいないんだ。
なぜならお前の中にいるから。
だったら、ここに縛られることないんじゃないか。
赤牛は、我がままを言うかもしれないけど、自由にどこでも行っていいんじゃないか。それで、赤牛に食われない方法を考えよう。それとも、離れられない理由は他にあるの?」
タカラは、目を真ん丸くして、ヒイロを見たかと思うと、おもむろに口を開いた。
「お」
と言った口のまま、ヒイロを見ている。
ナナカとヒイロは、怪訝な面持で声を揃えた。
「お~?」
「っどろいた」
タカラは、二翠湖から離れるなんて、考えたこともなかった。
他に選択肢は許されていなかった。
牢屋の中で、鎖でがんじがらめにされているように、自分の心に蓋をして、いろんなことを諦め、期待しないように生きてきた。
自由なんて、別の世界の人達のものだと思っていた。
でも、がんじがらめに縛りつけられた心の牢屋の中で、天窓からは、いつも希望と言う明るい青空が覗いていた。
届きそうでいて、けして届かないものと思って憧れを心の奥の方に閉じ込めていた。
しかし今、気付いたら、自分は満天の青空の下にいたなんて。
「湖から、離れても大丈夫って……。ヒイロ、頭いいな」
さらにタカラは、感心したように気付かなかったよとつぶやいた。
「誰でも思いつくことだよ。
タカラは、今まで離れられないって決めつけて生きてきたから、思い浮かばなかったんだろ」




