55.大人の前には現れない
少し遅くなってしまいました。
「カイリには、ナミ小僧の姿は見えんだろうなあ」
「見えない?」
「ああ、信じてないものには見えないんだ。ナミ小僧も、ナナカだから現れたんだろうよ」
そういうものなのだろうか。
確かに、誰でもナミ小僧に会えるなら、とっくに美浦は大騒ぎになっているはずだ。
それに、昔、怖い大人に捕まりそうになったから、大人には会いたくないと言っていた。
「ナミ小僧も、信頼できそうな人の前にしか、現れないだろうよ。
ナナカは昔、ナミ小僧を助けたことがあるからな。
それにしても、タマシズメは、赤牛の魂鎮めのことだったんだなあ」
サトは、顎の下をゆっくり撫でている。
「そうなの。宝珠じゃなかったの。昨日は二翠湖に行って、タカラを大変な目に合わせちゃった……。どうしたらいいかわかんない」
タカラの寂しそうな笑みが思い浮かんだ。
赤牛に殺されてしまう日がいつまでもこないでくれたら……。でも、そういう日がこないにしても、いつか来るかもしれないと思いながら生きていくことは、本当に重い。
「そうか、そうか。
でも、ナナカはトモダチになったんだろう?
その……タカラだったかな、彼にとっては、どれだけ心強いだろうかのう。
トモダチはな、いくらお金があっても、買える物ではない。
トモダチのいない人生は、味気なく、寂しいものだ。トモダチがいれば、何がなくとも、それだけで実りある豊かな人生だと言える。大切にするんだよ。そして、タカラのピンチの時には、必ず助けるんだ」
タカラのピンチ……それは赤牛に喰らわれてしまいそうになった時だろうか。
サトは、目を細めた。
「これ以上は、宝珠のことは、わからないなあ。また、何か風が教えてくれたらナナカに話すよ」
「うん」
宝珠ってどういうものなのだろう。
ナナカは、竹取物語の龍の玉のことをまた思い出した。
あれは、実在しない物だった。
調べたら、架空の玉をめぐって競い合う部分では、人々のおろかな欲望や見栄が、むき出しになっていた。
何でも願いが叶うというと、幸せになれそうな気がするけれど、頼り過ぎると自分を見失いそうで怖い。
また、伝海達のように宝珠の行方を捜している人が他にもいるかもしれない。そんなすごい宝物があれば、争い事が起こるのは目に見えている。
昨日同様、ヒイロと待ち合わせ、バスで二翠湖へ向かった。
そして、例の公園へやって来ると、タカラは言った通り、ベンチにいた。
でも、昨日の直射日光の当たるベンチではなく、木陰の方だった。
タカラは右腕を枕代わりに頭の下へ回し、足を組んで寝転がっていた。
声をかけると、ちらっとナナカ達を見て目を閉じた。
「眠い……。
あれから、『主』が僕の中で大暴れしたんだよ。
女の人のヒステリーって手がつけらんないね」
半分眠っていたらしいタカラは、あくび混じりにそう言った。変わらずのん気なしゃべり方だったけれど、赤牛に辟易としているようだ。
「眠いだけ? タカラ自身は、あれから何ともないの?」
「うん。大丈夫だよ。
でも、大騒ぎして、暴れるだけ暴れて、もう出られないってわかったら、不貞腐れたみたい。寝ちゃったんだよね。勝手なもんだよ。
このまま静かにしてくれているといいんだけど」
赤牛は、タカラの中でどうしているのだろう。聞いていると、まるで人間のように感じるけれど。
「聞いているだけでも、気が滅入って来るな」
ヒイロが、気持ちのこもりまくった同情の言葉をかけたので、ナナカはぷっと吹き出した。
ヒイロが、ナナカをじろりと睨む。
「ナナカは、あの気まぐれな姉ちゃんズと一緒に暮らしてないから、俺の心労はわかんないだろうよ」
それから、タカラは起き上がり、ナナカ達に昨日なぜあの場に現れたのか説明を求めた。
3人とも、芝生に輪になって座り、ナナカとヒイロで、これまでのことを大筋で話した。




