54.赤牛伝説
その日は、深夜の帰宅となってしまった。
最終のバスは行ってしまい、長時間をかけて徒歩で帰宅した。
1日動き回っても、一晩眠れば、けろっとしているナナカである。
そのままぐっすり寝たので、深夜の大雨に全く気が付かなかった。
翌8日も、ちょっとだけ起きるのが遅くなったけれど、それでも学校のある時より、随分と早く起きた。
休日になると、必ず普段より早起きになるナナカだった。
ヒイロは今日、朝稽古をみっちりやってから、ナナカと合流するという。
母が作った惣菜を、傷まない内にサトに届けるために、カイリが車で荒来へ向かうというので、ナナカも乗せてもらった。
今日も二翠湖へ行くので、その前に、サトに会いたかった。
赤牛の昔話がどんな内容だったのか、思い出したかった。
「おばあちゃん、それでねっ、それでねっ」
カイリはさっきまでいたが、誰かと約束があるらしく、車で走り去った。
ナナカは、二翠湖でのことを、機関銃のように話しまくった。
サトは、目を細めてそんなナナカを見ていた。赤牛の話の所では、サトもゆっくり頷いた。
「そうか、二翠湖の赤牛に会ったのか」
「ねえ、おばあちゃん、二翠湖の赤牛の話、私にしてくれたことあったわよね。
どんなお話だったかな。昨日はすっごく怖い思いをしちゃって……」
「ははは。ナナカみたいなお転婆はちょっとくらい怖い思いをした方がいい」
「そんなあ」
ナナカは、がくっと身体が崩れそうになった。最近、みんなにこういう感じのことを言われている気がする……。
「はっはっはっ」
サトは、大きな口を開けて、豪快に笑った。
サトは、ああ、今から聞かせてやろう、と笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「昔、昔の話だ。
山深い大きな池に、いつのころからか、主が棲みつき、赤牛や、狐など、いろいろなモノに化け、人に悪さをするようになった。
旅人達が、船で乗り出そうとすると、それを転覆させたり、村人を湖に引き摺りこんだりしたそうだ。
池に引きずり込まれたら最後、二度と戻って来ることはない。
村人は、たいへん恐れて、悩んでいた。
村の近くに、たいそうな神通力を使う上人がいたんだ。
自ら十二連島の小島の一つ、『浪切』に渡って、数部の経巻を書写し、深い祈りを捧げてから、このお経を『浪切』に納めた。
船で離れた所、たちまち『浪切』は沈んでいったそうだ。
そして、『主』も、悪さをしなくなったと言われている」
「そうだった、思い出した。これも本当の話だったのね!」
『主』は、昔、人々の命を奪う恐怖の存在で、そんな恐ろしいモノと、タカラは対峙しようとしていたのだ。
タカラにも、上人のような神通力があるのだろう。
その力で『魂鎮めの儀』を執り行おうとしていた。
「そういえば、赤牛の話と似た話があるなあ」
「似た話?」
「ああ。場所は、この辺りの浜だ。ナナカにも、昔、海とかげの話をしたことがあるだろう」
ナナカは思い出した。
「そういえば、あったね」
悪さをした海とかげを苦手な火で追い込み、もう悪いことはしないと誓わせた話だ。似ていると言えば、似ているだろうか。
「あの海とかげの正体は、ナミ小僧だと思うよ」
「えええっ、本当?」
「多分だけどなあ」
ナミ小僧の、いたずら好きそうな、八重歯がのぞく笑顔を思い出した。
確かにナミ小僧も火が苦手だったはずだ。
「そういう不思議な存在が、本当はたくさんいるんだね」
「ああ、そうさ。本当は、美浦には、人でないものが多くいるのさ」
隣にはまだカイリの飲み残した麦茶のグラスが残っていた。
これだけのことがあっても、本気でナナカの話を聞いてくれないカイリ。夢でも見ていて、ヒイロもそれに合わせてくれている位にしか思ってくれてない。
「ねえ、おばあちゃん。
カイちゃんも、ナミ小僧に会えば、信じてくれるよね」




