52.タマシズメの儀2
ナナカとヒイロは、顔を見合わせた。
これが、夜のイベントの正体だったのだ。そして、何も知らずにやって来てしまったナナカ達は、タカラの命に及ぶかもしれない大変な事態を、引き起こしてしまった。
泣き出しそうなナナカを見て、タカラはちょっと困ったような顔になった。
「言い方が悪かったな。あんたのせいってわけじゃないよ。
どうせ、『主』と共にあるという人生に変わりはないんだから」
「どういう意味?」
「一生この湖の側で、『主』が暴れ出さないよう抑えることが、僕には課されているんだよ」
タカラは淡々と語る。
「なんで、それがあなたなの?」
「さあね」
しゃべるのが段々億劫になってきたようだ。答える気はないらしい。
タカラは、やるせなく笑った。
寂しい笑みだった。
二人は、疲れの激しいタカラを少し休ませて、落ち着くのを待った。
「聞いていいか?」
「うん」
「なんで、お前以外、人が誰もいないんだ」
「ああ、みんな、『主』が怖くて、今晩はどこかに避難してるよ」
「全員か」
「そう」
「あんなにやばい牛の相手を、お前一人に任せて?」
「そうだよ」
タカラは夜空を見上げた。
その目はどこか虚ろだった。
こんな命掛けの事を、高校生のタカラ一人に押し付けて、あとの人はみな、どこかで隠れて嵐が通り過ぎるのを待っているということらしい。
昼間会った、ボート乗り場の側のお店の人の、冷たい目を思い出す。あの人達は、全てをタカラに押し付け、よしとしているということだ。
上空では、あいかわらず雲の流れが速かった。
あたりは、完全に落ち着きを取り戻している。
「なあ、もしかして、『タマシズメ』って」
「うん、『主』の魂を鎮める儀式さ」
「やっぱり」
ヒイロの声の響きには、残念そうな色が混じっている。それから、何か考えるように黙って湖を見つめていた。
「魂……。『玉』じゃあなかったのね」
ナナカも、がくっと力が抜けた。それどころか、タカラに大変な事を背負わせる結果になってしまった……。
「他に、湖に『主』の魂を鎮めて、湖の底に釘付けにしておくっていう意味もある」
二翠湖は、宝珠のありかではなかった。
(ここにあるに違いないと思ったのに)
宝珠のある場所でなかったばかりか、タカラに、生命関わるかもしれない、大きな災いまで呼び込んでしまった。
「ねえ斎城、今すぐ『主』があなたをどうこうするということはないの?」
「うん、その心配はないよ。さっきも言った通り、僕が弱らない限り大丈夫」
「弱るって、病気や、年をとっておじいちゃんになったらってこと?」
「ううん、僕自身の力がってこと」
タカラの力は、ナナカに想像できない種類のものだ。それはとても強力なものなのだろう。
さっき、篝火が、急に火柱をあげ、天を焦がす勢いで燃え盛ったのも、その力の一端と思われた。
「よし、今すぐどうこうというわけじゃないなら、もう遅いし、今日のところは一度帰って頭を整理しよう。
でも、どうしたらお前を助けられるのか、考えてみる」
ナナカも頷いた。
「助ける?」
タカラは不思議そうな顔をした。
「当たり前だろう、俺達のせいなんだから」
「そんなことない、僕が自分の判断でやったことだよ」
「でも、私たちがいなければ、しなかったでしょ」
「それは……」
タカラが負ってしまったものは大きい。
自分達は何を持って贖えるのか。
それに、ナナカは、タカラの人柄に、親しみを感じ始めていた。ぼんやりと浮世離れしている部分や、何を考えているのかわからない部分も含めて、どこかほうっておけない所がある。
「斎城、また明日、会えるか?」
「今日の昼に会った公園でもいいならだけど。あの時、見納めになるかもしれないと思って、湖を見ていたんだ」
タカラは、この湖を眺めているのが、子どもの頃から好きなのだとも語った。
「見納めって何で?」
「儀式は失敗する可能性もあったからさ」
「それって、どうなってたの」
「死さ。その覚悟は出来てた」




