51.タマシズメの儀1
「なあ、どうなったんだよ? あの赤いのは、急に消えたけど、どこに行ったんだよ」
タカラは、ナナカとヒイロの顔を見比べ、ちょっと思案するように間を置いてから、右手の人差指で、自分の胸の真ん中辺りを指した。
「ここ」
どういう意味かわからない。
ナナカは、首を傾げた。
「ここって、どこ?」
タカラは、とんとんと、右手の人差し指で自分の胸を叩いた。
「ここに、飼うことになった」
淡々とそう告げた。
「どういうことなの?」
「今日は、『主』と話すことになってたんだ」
「ぬしって何なの?」
「この湖の『主』だよ」
「あの牛が! 二翠湖には、そんなのがいるの?」
ナナカは目を丸くした。
あの赤い牛が、この二翠湖の主だというのか! ナナカはナミ小僧のことを、三角波の磯の守り神のようだと思った事を思い出した。でも、あの荒々しい牛からは、ナミ小僧のような、親しみは感じられなかった。
「うん、かなり凶悪なんだよ。
だから、時々会って、気持ちを落ち着かせる必要があるんだ」
タカラは、淡々と語る。
「気持ちを落ち着かせるための儀式が、今夜だったんだ。
儀式は、何十年も行われない時もあれば、ほんの数年で行われることもある。
これまで、『主』の気分次第だと思われてきたけど、僕は、そうじゃないことが分かった。
強力な鎮めの力を持った者が現れれば、効力は長く続き、『主』を押さえ込むことが出来る。
僕は、そう言う意味では、かなり力があるらしかったんだよ。今回1度だけ儀式をやって、湖の側にいれば、一生『主』を押さえていられるはずだった。
でもそこに、あんた達が現れた」
二翠湖の赤牛、サトから昔話を聞いたことがあったような気がする。
どんな話だったか……思い出せない。
タカラは、月を見上げた。
同じクラスで席も後ろと前なのに、こんなにタカラが話しているのを見るのは初めてで、ナナカには新鮮だった。
「儀式が無事に済むように、二翠湖には他の人の意識が向かないよう、細工をしてあったのに。
まさか今晩に限って、わざわざこの湖を目指してくる人がいるなんて思わなかった。知っていれば、もっと込み入った細工にしたんだけど」
タカラの言う細工とは、結界のようなものらしい。
他の人の意識が二翠湖に向かないよう、仕向けていたというのだ。
「まあ、それはいいとして、『主』は、久しぶりに解き放たれることを、すごく楽しみにしていたんだ。僕も夜の間中、自由に駆けさせるつもりだった。
僕しかいないと思ったのに、他にも人がいて、『主』は怒り狂ってしまった。それで、襲いかかろうとしたんだ」
確かに、あの時、ナナカは自分が殺されるんじゃないかと一瞬身が竦んだ。
「とっさに、自分の中に呼び込むしかなかった。だから、主は、僕の中にいる」
「それって、どうなっちゃうの?」
「さあ、僕が弱ったら、喰われるんだろうね」
タカラは、他人事のようにさらっと言った。
「喰われるって、どういうことだよ?」
ヒイロが、タカラの方へ身を乗り出して言った。
「言葉の通り、殺されるってことさ」
タカラは、事もなげに淡々とそう言った。
ナナカは息を飲んだ。
五つの頭を持つ龍も、天女と知り会う前は、子どもを食べたことがあったことを思い出した。
「それって、私たちのせい?」
ナナカは、泣きそうになってきた。
タカラが、ちらりとナナカを見る。
「二人のっていうより、あんたのせいかな」
「私っ?」
驚きで素っ頓狂な声が上がった。
「『主』は、女の人なんだ。
嫉妬深くて、自分勝手で。
僕が、女の子といたのが、気に入らなかったみたいだね。あんたのことを噛み殺そうとしてた」
にこっと、何でもないことのようにタカラは笑った。
「僕、『主』のお気に入りなんだ」
『おっかないおばさん』ナミ小僧が会いたくないと言っていたのは、あの牛のことだったのだ。
タカラ、普段は物静かでぼんやりですが、今晩はしゃべってます。
今日も開いてくださってありがとうございました。




