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5.不思議な祖母

 サトはいつも決まった場所に座っている。

 トレードマークの、赤い折りたたみイスに腰掛けながら。


 そこは、サトの特等席で、家から数メートル、道路沿いの木陰になっている場所だった。家と家の間から、海も臨めるベストポジションだ。

 特等席に面した通りは、ひもの屋や、個人経営の水産加工場などが並ぶ、荒来の鄙びたメインストリートだ。


 自称『歩行者天国』の様相で、自転車が二車線使って、悠々と蛇行しながら走って行ったり、歩行者が、道路の真ん中をのんびり、のんび~りと通って行ったり、マイペースに渡って行ったりしていた。

 そのため、車の方が遠慮しながら走っている通りだった。

 バス通りでもあるので、運転手も人や自転車を轢かないよう、気が気じゃなさそうだ。


 サトは、今日も、ゆったりとうちわであおぎながら、赤い折りたたみイスに腰掛けていた。

 目を細め、口元に微笑をたたえながら、通り過ぎる人や車を眺めている。特等席にいれば、自然と人に行き会えた。 

  

 丁度、石で出来た花壇があり、いつもそこに誰かかしら他の人も腰掛けていた。漁師町のぶっきらぼうな言葉を交わし、ははは、とよく笑い合っている。

 何とかの所の息子は、また背が高くなった、とか、誰それの所のおじいさんは、最近元気に退院して来たなどなど、みんなしばらく花壇に腰掛け、吸い寄せられるようにサトに話しかけていくのだ。

 

 風通しもよく、日なたの場所とは大違いで、潮の香りの混じった涼しい風が吹き抜けていた。サトは、風から何かを感じ取っているのだ。

 サトの周りは、穏やかに時が過ぎていくようだ。


 祖父は、だいぶ前に亡くなっったので、サトは一人暮らしだけれど、ナナカには、祖母が今の生活を楽しんでいて、また通りに座って人間観察をするのが生き甲斐にもなっているのだろうと思っていた。

 周りはいつも賑やかで、寂しがる暇もなさそうだった。


「おばあちゃん! ただいま」

 今日も、隣の石の花壇には、近所のおばさんが腰をかけていた。

 ナナカは最近、両耳の難聴が強くなってきた祖母に、よく聞こえるよう、ゆっくりと、大きめの声で話しかけた。


「おやおや、ナナカおかえり。

 今日は、学校だったのか」


 サトは、目を細め、笑顔で制服姿のナナカを見る。近所のおばさんも、にこやかに親しげな笑みを浮かべた。

「そうなの。登校日だったの! お腹ぺこぺこ、喉カラカラよ」

「ナナちゃん、随分久しぶりじゃない。相変わらず元気ねえ。

 高校にあがって、ちょっと大人っぽく、きれいになったんじゃない?」

「え~! きれい? うわあ、おばちゃんありがとう」

 嬉しくなって、ウキウキ答えた。


 サトが、無言でナナカをじっと見つめた。

 ナナカは一瞬、サトの瞳孔が、糸のように縦に細くなったかのような錯覚に捕らわれた。

 光が当たるとネコは、瞳孔が立てにきゅっと細くなる。

 ナナカはたまに、サトも、そんなふうに見える時があった。


 サトがこんな風にナナカを見る時は、ドキッとしてしまうのだった。


 サトに見つめられると、広い広い大海原に、ただ一人、ぽーんと放り出され、宇宙からの審判が下るのを待つ在任のような、不可思議な感覚に捕らわれる。

 こういう時には、ナナカがいくら逃げてごまかそうとしても、調子のいい事を言っても、心の奥の奥まで、簡単にずばッと見抜かれてしまうのだ。

 ナナカはそれが、なぜなのか全然分からなかったけれど、頼りになる祖母がいて、そしてそんな祖母がとても元気なことが嬉しかったし、ありがたかった。


「それじゃあ、行くかね。よ、どっこい」

 サトは、掛け声一声、ゆっくりと立ち上がった。


「サトばあちゃん、またね」

 近所のおばさんは、もうしばらく休んでいくようだ。


 ナナカはサトが座っていた赤い折りたたみイスをぱたんとたたみ、小脇に抱えてサトの家に向かった。

 サトのペースに歩調を合わせて、登校日の学校での出来事や、友人の事を話しながら、ゆっくりゆっくりと歩く。


「ホゥ……。ナナカはいつも元気な事じゃ」


 サトは、より一層深い笑い皺を刻みながら、楽しげに耳を傾けている。

「しゃべってないと、死んじゃうかも!

 だって、久しぶりの登校日で、みんなすっごかったのよ」

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