45.海の守り神
残念ながら、かき氷は、食べそこなってしまった。
あれから二翠湖を離れた二人は、別々に行動することにした。
二翠湖で今夜行われるというイベントまで時間がない。できればそれまでに何か掴みたかった。
帰って来るのに時間がかかって、もう夕方になっていた。
ナナカは三角波の浜へやって来ていた。
「ナミ小僧~!!」
ナナカが呼ぶと、ナミ小僧は、待ってましたとばかりに姿を現した。ナナカの前まで来ると、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
「ナナカお姉ちゃん、もうすぐね、星祭りでしょ、あと何日かすると、おいらの仲間が海の底から海面にいッッッぱいに集まって来るんだよ」
い~ッぱいね! と、ナミ小僧は大きく両手を広げた。楽しそうにけらけらと笑い、ぴょんぴょんはしゃいでいる。水滴が飛び散った。
「星祭り?」
「そう! お空からね、お星様が降ッて来るんだよ。
ちょうど、花火大会もあるでしょ。1年に1度の大きなお祭りが続くから、海の中も賑やかになるんだい!」
(大流星群!)
そういえは、登校日に、担任の先生が流星群のことを話してくれたっけ。
ナミ小僧達の世界では、流星群のことを、星祭りというようだ。
天気がよければ、たくさんの流れ星が見られ、確か、一番すごいのは11日。でもその前から見られるらしい。今日は8月7日、もうすぐだった。
「今年は、いっぱいお星様が降って来るといいね」
ナミ小僧は、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
そして、ぽろん、ぽろん、しゃらららら~っと、手や体を使って、空から星が降ってくる様子を、ナナカの周りを回りながらやって見せた。
ナミ小僧が、ジャンプするたび、水滴が飛んだ。
(弟がいたら、こんな感じかな。絶対、めちゃくちゃかわいがるんだけどな)
しばらく、ナナカの周りを跳ね回るナミ小僧の話を聞いた。
「おいら、大昔からずッと星祭りを見てきたんだよ」
「大昔って、まだ小さいじゃない」
「おいらは、サトおばあちゃんよりも、ずッと長生きしてるんだからッ」
ナミ小僧は、自慢げに胸を張った。
普通に考えたら、こんな小さな男の子が、そんなに長く生きているとは思えなかったけれど、ナミ小僧達の存在は、姿容だけが全てではないのだ。
それならますます希望が持てる。
「ねえ、ナミ小僧。宝珠って知ってる?」
「宝珠?」
「そう。あと、近くの洞窟で、龍が目に見えないくらいのすごいスピードで出入りしてる所とか」
「知~らない!」
一瞬、ナミ小僧の目が、泳いだ。
「ねッねえ、それより姉ちゃん、これ見て!」
じゃ~ん、と岩の陰から出したのは、なんと、ピンクのビキニだった。
「何でそんなの持ってるのよ!」
「へへッ、ちょッとしたいたずらだよ~」
「返してきなよ、困ってるはずよ」
「や~だよ」
ナミ小僧は、ひもをぶらぶらと振り回した。きゃっきゃと喜び、また右足、左足とぴょんぴょん跳ねている。
こんな様子なら、昔懲らしめられたのも理解できた。
「だッて、あの娘達、バーべキューをして、余ッた油を全部海に流したんだよ。ゴミも岩場に隠して。
おいら達も、油が付いたら臭いし、重くなッて気持ち悪いし、小さな魚達は死んじゃうかもしれない。泳ぎに来てる人達だッて、気持ち悪いでしょ」
そういう理由があったとはいえ、ビキニを盗られた女の子は、大変なことになったはずだ。
「ナミ小僧の言いたいことは分かるけど、やられたからやり返すっていうのは、違うと思うよ。
もっと他の方法を考えよう」
ナミ小僧は、大昔からいる、この辺りの守り神のような存在なのかもしれない。それでもやり過ぎは良くないと思った。
ナミ小僧は、頬をぷうっと膨らませた。
納得がいかないのだ。
「どんなことでもそうだと思うの。それじゃいたちごっこよ。お互いに気分も良くないしね」
人と人の間でも言えることだ。
互いに報復を繰り返し続けていたら、憎しみが増し、エスカレートしていくに違いない。
その究極形は、国と国とのエゴがぶつかり合う悲惨な戦争だ。




