44.クラスメート
絶えず穏やかな風を受け、いろんな波が生まれ続けている。
きらきらと、際限なく形を変えていく波光は、見ていようと思えば、いつまででも飽きずに見ていられそうだった。
物静かに見えた湖は、生き物や風が作る波紋で、大変に賑やかだった。あちらでもこちらでも、何かが動いたり、跳ねたり、泡が出たりで忙しい。
ヒイロは、肩から提げているナイキのショルダーバッグから、グリーンのタオルを取り出して、首筋を流れる汗を拭った。
「日陰に入って、パンを食べないか?」
「うん」
もう、お昼だった。
二人は、バスに乗る前にコンビニで菓子パンを購入していた。
他の人達とは離れた、静かな木陰があったので、2人はそこに座りこんだ。
ナナカも、持ってきたピンクの花柄のビニールバッグから、ハンドタオルとアクエリアスのペットボトルを取り出した。口をつけると、もう、ぬるくなっていたけれど、渇いたのどは十分に潤った。
ヒイロも、お茶のペットボトルを取り出して、ごくごくとおいしそうに喉を鳴らしている。
「タマシズメについて、な~んにも書いてなかったね」
ナナカのパンは、焼きそばパンだった。
美しい湖を眺めながらの昼食は格別おいしかった。
賑やかな湖に、目を奪われたままだった。刻々と姿を変える湖は、いくら見ていても飽きることがなかった。
浅瀬になっているこちらには来られないようだけれど、遠くの方にはぽつりぽつりとボートが浮かんでいた。のんびり、ゆったりとした空気が、芝生の公園には流れていた。
「何を隠そうとしてるのかな」
口をついて出るのは、やはり疑問の言葉だった。『タマシズメ』とは? そして、今晩のイベントとは??
「帰って調べるしかないかもしれないな」
「あのさ、ナミ小僧に聞いてみようかな。
ナミ小僧は不思議な存在だから、何か知ってるかも知れないなと……あれ」
何気なく、辺りを見渡したナナカの視界に入ってきたのは、ベンチに座って憂鬱そうに湖を見つめる、知った顔だった。
女の子のようにきれいな顔立ちの彼は、学校では周りとの関わりを拒み、人を寄せ付けない何かがあった。
「私の席の後ろの男子なの。なんでここにいるんだろう」
彼がいるのは、日なたのベンチだった。
釣りの途中で休憩、というわけでもなさそうだ。道具が見当たらない。
学校でも、ちょっぴり変わった所があったが、何で、かんかんに陽が照った暑い中で、たった一人湖を見ているのだろう。
何か、気になった……。
ナナカは、立ち上がった。
「ちょっと、話しかけてくる」
「え、いきなり?」
ヒイロも、またか、と体を起こした。
気になることは、解決しないと、もぞもぞしてくるナナカだった。
「こんにちは」
その男子は、目だけちらっとナナカに向け、また湖の方を向いてしまった。
ナナカがクラスメートだと気付いていないようだ。
「何か、用?」
いつものことだけれど、随分と愛想が悪い。
「斎城だよね」
「そうだけど?」
彼は、名字を呼ばれ、いぶかしげにナナカを見上げた。
「私、前の席の蒼田菜々花だよ」
「……そうだっけ? ふうん」
ぼーっとしているような、興味のないような話し方だった。
「隣、座ってもいい?」
「いいけど」
彼は、また湖へ目線を戻した。
「友達と一緒なの。その人もいい?」
「好きにすれば」
ナナカは、こちらをちらちら見ているヒイロを呼んだ。
彼の名前は、斎城寶。
タカラは、教室ではいつも頬杖をついて、窓の外をぼんやり眺めていた。沈んだ表情で、学校のクラスメートに関心がなさそうに見えた。
「こんなに陽の当たる所に、よく座っていられるね。暑くない?」
「別に。気にならないよ」
確かに、タカラは、この暑さを何とも思ってないようだ。
昏い目でじっと湖を見ている。ナナカやヒイロには、興味がないらしい。その表情は、いつものように沈んでいる。
「邪魔してごめん。ナナカ、もう行かないか」
ヒイロは、遮るもののないこの場所が、たまらなく暑いらしかった。ヒイロが立ち上がっても、ナナカは動かなかった。タカラをじっと見た。
よく見ると、なんて悲しそうな目をしているのだろうか。
この湖の、深い底の底まで、落ちていってしまいそうな、沈んだ眼だった。最近、こんな目をした人に会ったばかりの気がする。この目。
……誰だっけ。
(そうだ、機織姫だ)
姿容は全然違うけれど、目の奥が昏く、寂しそうな所が似ていた。
読んでくださってありがとうございます。
やっとタカラ登場まできましたあ!!




