42.おかしな雰囲気
「う~んと……」
どこで聞き込みしようかと見回し、土産物屋には客がいたので、ナナカはカラカラと戸を開け、食堂へ入って行った。
「すみまっせ~ん」
食堂の中は、涼しくて気持ち良かった。
よく観光地にある、昔ながらの大衆食堂だった。
クーラーがきいているので、汗がひいていく。
入り口の台の上に設置してある扇風機が首を振り、青いビニール紐が、2本のん気になびいている。
壁に、テレビが設置され、そのテレビからは今日から始まった高校野球が映し出され、大音量が流れていた。
「はい、いらっしゃい!」
白いエプロンをした、中年の痩せた女性の店員が、奥からにこやかに愛想を振りまきながら出てきた。
「どこでも、好きな所に座ってね」
「いえ、すみません違うんです。
ちょっと、お尋ねしたいことがあるんです」
ナナカの問いに、店員の女性は笑顔で言った。
「何か?」
「二翠湖についてご存だったら教えてください。この湖は『タマシズメ』の湖だって聞きました。
『タマシズメ』って何のことですか?」
唐突にナナカがそう切り出すと、にこやかだった女性の店員の顔つきがさっと強張った。
「さ、さあ何のことでしょうか」
「 ? 」
「今日はもう、すぐにお店を閉めなくてならないので、すみませんが、お帰りいただけます?」
まだ11時にもなっていない。
夏休みで大勢が観光で来ているから、これからお昼でお客さんがたくさん来るはずなのに、こんな時間に食堂が閉店なんて……。
「それはすみません。でも、本当に何もご存じないのですか」
知らないようには見えなかった。
先程から、様子が変なのは明らかだ。
「さあ、何のことだか……」
「どんなことでもいいんです」
「知らないものは、知りません」
ナナカは食い下がったが、店員は、吐き捨てるようにそう言って顔を背けた。
「そんな」
まるで、汚いものを追い払うような、さっきまでのにこやかな様子とは正反対の態度に、ナナカは傷ついた。
(たった今、感じよく接してくれたのに)
「ナナカ」
ヒイロがナナカの肩にやさしく手を乗せた。外で待っているのかと思ったら、ここに入ったナナカに付いて来てくれ、後ろにいてくれたようだ。ナナカが振り返ると、小さく首を振った。
肩に乗せられた手の温もりで、ナナカは傷がちょっぴり癒されるのを感じ、ヒイロの気遣いが、ありがたかった……。
いつの間にか店の奥から、女性店員と同じエプロンをした年配の店員の男女が一人ずつ、黙って無表情でやり取りを見ていた。
ナナカは観察されているようで気持ち悪かった。
「行こう。お邪魔しました」
ヒイロは、礼儀正しくお辞儀をして、ナナカの腕を取り、素早く食堂を後にした。
ナナカは、店員の態度に疑問を感じた。
「ねえ、何なの?」
店の外へ出るなり、ナナカは店に向かいあっかんべえをした。
「感じ悪う」
「変だったな。店の奥の人達の様子も」
ヒイロが首を傾げた。
その後、他のお店の人にも聞いてみたが、結局何も分からなかった。しかし、反応は、最初に入った食堂と似たり寄ったりだった。
「何かヘンだよな。隠してることがある気がするな」
ヒイロは考え込むように言った。
ナナカも、大きく頷いた。あやしい。
その時、近くにいた観光客らしき二人組の会話が耳に入ってきた。
「けんもほろろだな、全く、どうなってるんだよ。客商売だってのに」
二人の会話に聞き耳を立てたら、この辺りの宿泊所は、夏のイベントのために全て満室だと断られたようだった。横柄な断り方をされ、腹を立てているみたいだ。
「お兄さん、すみません、イベントって何ですか?」
突然ナナカが話しかけたため、二人の観光客はとても驚いていた。ヒイロも、またか、と笑いそうになったが、やりとりを見ていた。
「え、さあ。俺達に聞かれてもわからないよ。今晩何かあるみたいだね」
「今晩、ですか?」
ナナカはヒイロを見た。
ヒイロも、首をひねった。イベント? 今晩?
ナナカが礼を言うと、二人は、泊まる場所を探して行ってしまった。
二翠湖周辺で、地元だけの、こじんまりとしたお祭りでもあるのだろうか。
夏だし……。
もう終わってしまったけれど、ナナカの地元も、毎年7月の末に、町内の夏祭りがある。ここも、地元のためのお祭りだから、PRしていないのか?
でも、そんなに大きな集落ではないから、宣伝しないと人が集まらないのは、と思った。それ以前に、二翠湖の夏のイベントなんて聞いたことがない。
「ナナカ、気付いてるか?」
ヒイロが、ひそっと小声で話しかけた。
「うん」
さっきから、周囲のお店の人達に、鋭い目線を向けられている。まるで、先程と同じ、観察されているようで不気味だった。
「いろいろ聞いて回ったから、かな」
「ああ、居心地悪いな。
『タマシズメ』って言葉で、みんな表情が変わったんだよな。それと、今晩のイベント……何があるんだろう」
湖は、静かだった。




