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39.ヒイロ、その人

 帰りの電車は、丁度よく席が空いて(ラッキー! ←ナナカ)2人共座ることが出来た。


 ナナカはホッと一息ついた。

 今日は暑かったし、アップダウンの激しい桃香島で相当動き回ったので、心地良い揺れにすぐに眠気が襲ってきた。


 ヒイロは、涼やかな眼差しを窓の外へ向けた。電車がごとごと揺れるので、ナナカは時々ヒイロの方へ、がくっと寄りかかって来る。

 

 窓の外を眺めていると、段々と今日の出来事が思い浮かんで来るヒイロだった。

 先程のナギラとの戦いのことも……。


 あのまま戦っていたら、どうなっていたのだろうか……。

 『敗北』の二字が思い浮かんだ。


 あの時ナギラは、伝海とナナカの向かった先の騒ぎに気付き、ちっと舌打ちした。そして、突如身を翻して、二人の向かった方へ走り去ったのだった。

 一昨日、サトの家の庭で拳を交えた時も、底の知れない感じはあったけれど、今日戦ってみて、圧倒的な強さを感じた。





 ヒイロの父は、長野県の山奥に総本山を持つ、武術の流派、新統無限会の門人だった。


 子どもの頃から、父より厳しく技を仕込まれていた。

 一般的には、秘められているこの門派の活動は、世間の目に触れることはなく、社会の水面下で行われていた。

 門人達が、これは、と思った人物だけが入門を許される。希望する誰もが入れる所ではない、厳しくふるいにかけられる。


 ヒイロが幼い頃は、姉達も稽古に加わっていたので、よく練習台にされていた。

 その頃は、2つ年上の双子とは、体格にも力にも大きな差があったので、全然敵わなかった。

 よく、姉達に蹴られたり、殴られたりしたものだ。それでも、稽古以外ではとても優しく面倒を見てくれた。


 今とは大違いで……。


 自分は父達に見込まれ、入門を許されたが、姉達は違ったのだった……。

 2人は、父の血を引いているだけあってセンスは抜群だった。でも女性には圧倒的に狭き門だった。


 ヒイロが入門してからの父の稽古は、本格的になり、厳しく凄まじくなっていった。

 夜中、突然父に揺り起こされて、山の中を駆けたこともあった。小さな頃は、父に、暗い森の中で何度も置いて行かれそうになり、遭難が怖くて、離されないよう必死で追いかけたこともあった。

 父は、本当に遭難覚悟でヒイロを連れ出していた。


 そのお陰で、今では夜目がきき、すばしっこくなったと思う。

 ある日、学校が終わると、見知らぬ土地に連れて行かれ、自力で帰って来るように言われたこともあった。

 その頃には、獣の習性を学び、捕えることも出来るようになっていたので、何とか獲物を見つけ、火を起して焼いたり、山菜をとったりして食いつなぎ、生きて家に帰りつくことが出来た。


 過酷な状況に耐えて、多くのことを学んだ。


 今も、ヒイロの体には、小さな傷跡が消えずに多数残っている。泳ぐのが好きなヒイロだったが、擦過傷がひりひり浸みるので、ほとんど海に入れない夏もあった。

 そうやって稽古を積んで、ヒイロは、メキメキ強くなった。


 でも……。


 まだまだ強くなりたいという欲望は、強い。


 そんなヒイロにとって、今日のナギラとの戦いに戦慄した。再び手を合わせて見ても、ナギラの流派さえ想像がつかなかった。

(あんな簡単に手玉に取られるなんて……)


 ヒイロは目を閉じた。

 更に、鍛え強くならなくては。

 強くあらねば、せっかく自分に全てを伝えようとしてくれている父に、申し訳が立たない。入門出来なかった姉達にも、認めてもらえない。


 誰かを守れる自分になりたい。


 ヒイロは息をついて目を開けた。


(帰ったら、稽古しよう。

 強くなるには、鍛錬しかない。それに戦略戦術。もっともっと学んで、考えよう)


 ヒイロは唇を噛んだ。

 窓の外の住宅街の景色をみるとはなしに眺めながら。

 考えれば考えるほど悔しさが募ってゆき、涼しげな切れ長の目は、鋭くなる。ナナカのように眠る気になれないヒイロだった。

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