37.対決!1
「珍しい所で、珍しい人達を見かけたから、声をかけようと思ったのですよ。どちらへ向かわれようとしているのですか」
ナギラは慇懃に言った。
「あんた達には関係ない」
ヒイロは、撥ね除けるようにきっぱりと言った。
「関係なくはないですよ。だって、同じものを探しているのですからね。ふふ」
ナギラは余裕たっぷりで、さももったいぶるような口調だった。
やっぱり、ナギラ達も、宝珠を追い求めているのだ……。
「何で宝珠を探しているの?」
ナナカが、ヒイロの後ろから声を上げた。
「それは、叶えたい願いがあるからですよ。あなた方だって、そうなんじゃないのですか?」
違う。機織姫との約束のためだった。
でも、それをわざわざ説明するつもりはない。
「願いって、何なのよ」
「そんなこと、あなた方には関係のないことでしょう」
ナギラの笑顔はずっと顔に張り付いたままだった。でも、声は冷たく、気味の悪いにこやかな顔と全く合っていない。
「おい」
伝海が、ナナカを見た。
「何よ」
「さっき持っていた櫛をこちらによこせ」
「何の事?」
ナナカがさっき櫛を眺めていたのを見られてしまったようだ。
「いいから、よこせ」
「知らないってば」
「それは、機織姫の持ち物だろう。それがあれば、機織姫のいる異世界に通じる道を開けられるのかもしれぬ。姫を締め上げて、行方を聞き出してくれよう。よこせ」
「そんなことさせるか!」
ヒイロが声を荒げた。
「絶対、渡さないもの!」
「そう言わずに、こちらにお渡しなさい」
ナギラは、悪びれもせず、笑顔の猫撫で声で右手を差し出した。
「渡すものか」
ヒイロは、低い声で言って身構えた。
「ほう、またやるつもりですか?
よろしいでしょう。あなたとは、もう一度拳を交える時が来ると思っていました。この間の小手調べとは違いますよ、力ずくで参ります」
「ナナカ、離れてろっ」
ナギラは笑い顔のまま、すっとヒイロに近付き、素早く襲い掛かった!
ナギラは、不意を付く先制攻撃で、ヒイロの左腕をねじり上げた。必死で抵抗するが、腕は関節がぎしぎしいうばかりだ。
「痛っ、ナナカ、下がってて」
「いやよ、ヒイロを放せ、こっのお!」
ナナカは、ナギラの腕に取り付いた。ヒイロから引き剥がそうとするが、びくともしない。
「邪魔ですよ」
ナギラが、笑みを浮かべたまま、ナナカをとん、と押した。ナナカは、軽く肩を押されただけだと思ったが、重い衝撃に踏み留まれず、勢いよく後ろに倒れ込んでしまった。
ずざざざざざざ!!!!
「いった~い!」
「お前!」
ヒイロは、左腕の力を抜き、ナギラの力が緩んだ瞬間腕を振り払った。
「ナナカ、大丈夫か」
ヒイロはナナカを心配するあまり、敵が頭からすっ飛んでしまった。ナナカに近寄りしゃがみこんだ。
「あっ、ヒイロ危ない」
ヒイロが背を向けた隙に、ナギラの拳がシュッと素早く飛んできた。ヒイロは、右へ左へとぎりぎりで交わしていく。交わし様、鈴がりん、りんと鳴った。
「素晴らしい瞬発力ですね」
「あんたに褒められる筋合いはない!」
ナギラは、笑ったままだ。
息の乱れもない。
ヒイロは、飛びのいて間合いを取った。ねじり上げられた左腕が、まだじんじんと痛んだ。
ナギラには、隙がない。
ない時は、作り出す!
ヒイロも拳を繰り出した。
ナギラは避けながら、腕を掴もうとする。
しかし、ヒイロの技は誘い水で、その先の攻撃を待っていた。
思い切り、体をしならせ蹴りを入れる。しかし、入らない。
「甘いですね」
足をひっかけられて、かえって転ばされそうになる。二人の技と技が閃く。
「よし、取った!」
伝海の割れ鐘のような、大声がした。
「あ、櫛!」
なんと伝海は、そっと近付き、ナナカのジーンズのお尻のポケットから、櫛を抜き取ったのだった。
「やだ、痴漢されたあ! ばかあ、変態!」
ナナカは、思いの限り大声で叫んだ。
伝海は、驚いて辺りを見回した。
「ひ、人聞きの悪いことを申すな。
誰かに聞かれたら勘違いされるだろが」
伝海は、尚も焦ったように、辺りをきょろきょろと見回した。
その隙に、ナナカは、果敢に伝海にぶつかって行き、櫛を奪い返そうとするが……。
「和尚、それを持って先に行って下さい」
ナギラは、笑顔で首だけ伝海を振り返り、そう指示すると、再びヒイロの方を向いた。
「それじゃ、君に止めをさそうか」
にこり、とそう言った。
「よし、先に行くぞ。宝珠に繋がるヒントが隠されているかもしれんわい」
伝海は、走り出した。
「あ、ちょおっとお! 待ちなさいって」
ナナカはヒイロが気になったが、伝海を取り逃がしては大変! と走り出した。
「こらあ、待てええ」
伝海は、意外と逃げ足が早い。
追いかけて小道を下って行くと、まだモデル達が撮影をしていた。中断し、脇へ避けてくれた。
「痴漢、変態!」
(女の子のズボンの後ろポケットから、物を盗るなんて、やらし過ぎ!)
何より、櫛は、姫に繋がる大切な品物だった。
奪われる訳にはいかなかった。
「待てえ!」
その時、伝海が、突然ピタッと立ち止まった。




