36.遭遇
伝海は、周りのラフな観光客の中で、全くそぐわない袈裟姿をしていてとても目立ち、浮いていた。
「あんな恰好でフランダンスを見ていられるなんて、神経疑っちゃうよ」
「あいつも近くにいるかもしれない。気付かれないようにここを離れようか」
ナナカ達は、足早に、庭園の方へ向かった。
観光も出来たし、美味しいものも食べることが出来た。あと、出来ればカイリやサトへお土産を買いたい所だけど、まずは伝海から遠ざかる方が先だった。
でも人が多くて、あまり先を急ぐことが出来なかった。
(結局、何にも見つけられなかったなあ……)
頼朝が、奥州の藤原秀衝征伐を祈願した場所、とか。
岩屋は別名『龍穴』、とか。
それに、五つの頭を持つ龍が山になった、とか。
あまりにも関係深そうだったのに、空振りだったなんて。
ナナカは、履いていた黒いジーンズのポケットから、木の櫛を取り出した。陽に透かして見る。
(ねえ、宝珠はどこにあるの?)
もちろん、木の櫛が答えてくれるはずもなく……。ナナカは、口を尖らせた。また、一から探すしかなさそうだ。櫛を再びポケットにしまった。
そうそう簡単には辿り着けないようだ。道のりは長い。
しばらく歩くと、ヒイロが涼やかな目元を鋭くさせ、ナナカに緊張した声でヒソヒソとささやいた。
「まずい、気付かれたかもしれない」
でも、これだけの観光客でごったがえした中では、きっとどうすることも出来ないだろう。だいたい、何かをされる覚えもなかった。ナナカはのん気に考えていた。
「こっちにも道があるみたいだ。この先に隠れてやり過ごそう」
ヒイロは、さっと林の方へ入った。順路からは外れていて、上りの小道になっている。
ナナカもその後を付いて行った。
林の中は、セミが、あちらからもこちらからも鳴いていて、騒がしかった。
ヒイロは、さっきまでより更に軽々と歩いて行く。
今までは、ナナカを気遣って歩調を合わせてくれていたらしい。そういうさりげない優しさが、ヒイロらしかった。
それにしてもなんて身軽なんだろう。飛んでいるみたいだ。ヒイロの鈴はずっと揺れていて、りん、りりんと高い音がした。
小道の途中で人に遭遇した。女性モデルが海を眺める所を写真に撮っているようだ。風のように通り過ぎるヒイロに驚いていた。
モデルとカメラマンの2人を通り過ぎ、更に上ると、広く拓けている所に着いた。ヒイロは、後ろを振り返った。
「あいつらも、上って来てるな。やはり、2人……。きっと伝海とあいつだ。
かえって、人がいなくて丁度いいよ。何で付けてきているのか聞き出してやる」
ヒイロの目に、野生的な光が宿る。
待ち構えていると、やはり僧衣姿と例の青年が現れた。
伝海は、ヒイロを憤然と睨みつけている。男の方は、この間と同じ、奇妙な笑みを浮かべていた。三日月を貼り付けたような笑みで薄気味悪かった。
「タコ!」
「おっお前えええ、また言ったな。うぬぬ、おのれえ……」
伝海は、割れ鐘のような声で言った。
でも、先日とは違いタコと言っても、逆上して襲いかかってこないで、なぜかソワソワしている。周りの様子を気にしているようだ。
ヒイロは、ナナカの腕を引いた。
「ナナカ、下がってろ」
ヒイロは一歩前へ出た。ヒイロの好戦的な目には、ナギラしか映っていないようだ。
ナギラが、口を開いた。
「和尚さま、落ち着いて下さい」
ナギラは伝海の肩を、ぽん、と軽くたたいた。
「むうう」
伝海は、気を落ち着かせる為か、一度大きく息を吸い込んだ。そして、また2人を睨みつけた。
「こんな所に誘い出して、何を企んでいるんです?」
ナギラは、ヒイロに気味悪く笑いかけた。
ナナカはぞわぞわした。洗練されているのに、何かねじ曲がったものを抱えている。近付くのは危険――ナナカの勘が訴えかけてくる。
「企む? そっちだろ。何故付けてきた?」
ヒイロは、毅然と言った。




