35.夏の思い出3
ナナカ達も展望台の列に並んだ。
お姉さん達の踊りを見ていたら、時間はあっという間に過ぎていった。
ナナカの地元でフラダンスサークルというと、おばさんの集まりというイメージがあったけれど、ステージ上には若い素敵な女性が愛らしい仕草で踊っていた。
途中、ヒイロのスマホから、まさかの萌え系アニメソングが流れた。焦ってヒイロはスマホを取り出した。
周りから、くすくすと笑い声が起こり、ヒイロは恥ずかしそうに取り出した。
「切れた。
このタイミングでなんだってんだよ!?」
ヒイロは、照れ隠しにむすっとして、自分から連絡する気がないらしかった。
双子からはその後、一向に連絡がなかった。
もし、本当に用事があるなら、かけ直してくるはずだけれど、これはきっと……。
(イタ電決定……ぽいね)
ヒイロが桃香島にいることを知っていて、ヘンな音楽を鳴らしておもしろがっているのかも……これだけ頻繁に着信を変えられてるのに、確認をしないヒイロって一体……。ナナカは笑いそうになった。
やっとのことで順番が来た。
エレベーターに乗り込む。ぐんぐん上昇していき、中々止まらなかった。そしてはるか上空へ昇って行く。
ナナカは、高所恐怖症だった。
(大丈夫かなあ)
高をくくっていたけれど、まさかこんなに怖いなんて!! エレベーターは更に上昇して、やっと静かに止まった。
扉が開くと、目の前にはぱっと海が広がった。
「わああ」
くっきりと晴れていて、遠くの方までよおく見えた。
でも、ナナカは、エレベーターの側の柱から、なかなか離れられなかった。
ヒイロは全然怖くないようで、窓ガラスの所まで行き、すらりとした背をさらに伸ばすように外を眺めていた。
「ナナカ、あそこさっき歩いて来た橋が見える。桃香島大橋!
本当に高いな。あんな所から歩いて来たんなんて。……あれ? ナナカ」
ヒイロは振り返った。
ナナカは、そんな窓の際まで、まだ近付けていなかった。
「もしかして、ナナカ」
「大丈夫です! でも、私に近付かないでね」
ナナカは、心の中では、ひいい、と悲鳴を上げつつ、ヒイロの方へ行った。
ヒイロは、笑いをこらえている。
「大丈夫だけど触んないでね、絶対、押したりしないでね」
景色は最高だった。
でも、真下を見ないよう十分注意が必要だ。
海の色はきれいだった。とても気持ちが良い。ナナカは、ぐるっと一周した。
「ナナカ、この上に、屋外展望台があるみたいだぜ」
ガラスの扉の向こうは、外階段になっていた。
上からは、屋外展望台から降りて来る人がいた。ヒイロは、何も言わないけれど、その表情があきらかにナナカをからかっている。
「い、行くよ……。あ、触んないでね!」
ナナカは、強がって、扉を押した。
「でも! ヒイロ先に行って。私はゆっくり行くから、大丈夫だから。触んないで!」
ヒイロがにやっと笑った。
「大丈夫だから!!」
ナナカは、表情を固くさせながらも、屋外展望台に上がった。
途中、つい真下を見てしまった。階段の間から、下が見えるのだ。
「おおうっ」
正直、お腹から下が、ずっと冷や冷やしていた。
屋外展望台からの眺めは、先程より更に素晴らしいものだった。真下さえ見なければ……。
外階段は地上に向かっても続いていて、エレベーターではなく、階段でも下へ戻れそうだった。
「ナナカ、どうする?」
ヒイロが、ちょっと意地悪く、ナナカを試すように言った。
「ええ、この階段から下まで行けるよ。全っ然怖くないもの。
でも、ヒイロが先に下りて。私のずっと先を歩いてね、絶対、私に触ったらだめよ」
強張った、無理して作った笑顔を見て、ヒイロは、思いっきり笑い出した。
「ナナカ、高い所ダメなんだな。意外だよ。長い付き合いだけど知らなかったなあ」
それはそうだ。必死で隠し通してきたのだから。
ちなみにお化けが怖いことも、ナイショだ!
こんなにからかわれるなんて、悔しい!! でも、悲しい事に今は、お腹から下が冷や冷やして、悔しがってるどころじゃなかった。
「ヒイロは、全然怖くないのね」
「小さい頃、高い木のてっぺんにもよく登らされたから、全然平気。それに高い所が苦手なんて言ってたら、場合によっては命を落とす危険もあるから」
ヒイロと違い、そんな命掛けの戦いとは無縁のナナカには、右の耳から左の耳だった。
ナナカは、白い帽子をとった。
風が心地良い。
そして、もう一度帽子をしっかりかぶり直した。階段になったら、怖くて手摺から手を離せないと思うので、帽子が飛んで行かないように深くかぶった。
ヒイロは、面白がってぴょんぴょんと軽く降りて行った。足が長いから、飛ばし飛ばし降りている。
ナナカは、一歩一歩やっとの思いで下って行った。お腹から下は、相変わらず冷や冷やしていた。胸中では、やはり、ひいいっと悲鳴を上げながら。
途中、ナナカがあんまりにものろいので、ヒイロが駆け戻って来て、ナナカの顔を見て笑っていた。そんなことが3回あったけれど、何て思われても、ナナカは無心で(真下を見ないように、顔を固定して)ゆっくりゆっくり下ることに専念した。
「さあ、もう着いたも同然ね」
地上が近くなってきたら、冷や冷やもおさまり、手摺からも離れて歩けるようになった。ヒイロは残念そうだった。
「せっかく、おもしろいナナカが見られたのにな」
「……」
ナナカには、何も答える気はない。
ハワイアンフェスティバルの会場も、近くなってきた。
舞台前の芝生の広場には、思っていたよりも大勢の人が座り、楽しんでいる。その時、ナナカの目に、知った顔が映った。
「あそこ、ヒイロあそこに」
そこに座っていたのは、なんと、あの、宝専寺の和尚、伝海だった。




