33.夏の思い出1
翌日の8月6日も、快晴だった。
桃香島への最寄駅へ到着したのは、午前10時だった。
駅の改札から、たくさんの観光客が吐き出されていく。ナナカ達も、その波に乗って、島方面へと向かった。すぐに、島へと渡る橋が架かっている。
「すごい人だな」
キャップをかぶったヒイロが、眩しそうに目を細めた。
実は、ナナカはヒイロに連絡していなかった。調べることに夢中で、忘れてしまったのだった。
昨晩ヒイロが、カイリの携帯に連絡したらしく、すっかりヒイロと行くのだと思い込んでいたカイリと、話が食い違っていることに気付いたのだそうだ。
そんな事があっても、やさしく笑って許してくれるヒイロだった。
そして、当然のように一緒に桃香島へ行くことになった。
ナナカは、電車で他県に来たのは初めてで、もし自分一人だったら、乗り換えが分からなくて、不安で溜まらなかっただろう。
「干潮の時は、島まで陸続きに歩けるんだって」
ナナカは、さっきから、ネットで調べた情報を披露していた。
「面白そうだね。その時に、来てみたいな」
ヒイロは快活に笑った。
「よし、行こう」
ヒイロは、目深にキャップをかぶり直し、歩き始めた。すると、早速りんりん……と鈴が鳴った。
ナナカも、白い帽子をかぶり直し、気合いを入れて後に続く。
桃香島へ向かう桃香島大橋は、車道と、歩道に別れていて、歩道は幅が大変広くて歩きやすい。家族連れの人などで、賑わっていた。
車道の方は、長い渋滞が出来ている。
桃香島は、周囲4キロの島で、切り立った崖に囲まれている。
特に島の南部は波浪の影響を強く受け、浸食が進んでいた。その浸食で出来た海蝕洞が、岩屋と呼ばれているのだ。
また、島の中央部も、浸食が進み、島を分断するような地形になっていた。
それぞれを、『東山』『西山』と呼び、岩屋は「西山」の方にある。落石の危険があり、岩屋は以前、閉鎖されていたらしい。
それが落石防止工事などを行い、一般公開を再開したそうだ。
「岩屋のある『西山』に天女が住んでいて、隣の『東山』が五つの頭を持つ龍が山になったところかなあ」
桃香島大橋の右側の海には、人の乗っていない水上バイクが、波打ち際に沢山浮かんで、打ち寄せる波に合わせて踊っているようだった。
浜辺では、バーべQの準備をしたり、ビーチパラソルの下で、楽しそうに語らいながら、飲み物を飲んだりしている人が大勢いた。
車道の向こうの左側の海は、ウィンドサーフィンを楽しむ人で埋まっていて、白い小さな帆がたくさん立つ様子は、まるで白い林のようだ。そして、海岸線には、海水浴を楽しむ人々もいた。
同じ観光地でも、美浦とは大違いで、桃香島やその近辺には、比べ物にならない位、人が溢れ返っていた。いろいろと気になるスポットはあったけれど、ナナカ達は、まず岩屋へ向かうことにした。
岩屋に着いた。
岩屋の前は遊歩道になっていて、ここも、大勢の人が順番待ちをしている。
ナナカ達も並んでしばらく待った。中に入ると、まず、どおんとギャラリーになっていて、この地域の歴史などがパネルで紹介されていた。
(こんなに大々的に、ていねいで現代的な説明があるなんて……)
神秘的で謎に満ちた場所を探検できると思っていたナナカだったので、台無しな気分だった。大分イメージと違ったので、がっかりだ。
岩屋は、左右に別れていて、右が第一岩屋、左が第二岩屋と案内の矢印が出ている。
二人がまず、第一岩屋に進んでいくと、やっと、洞窟らしい雰囲気になってきた。木の燭で出来た小さなロウソクを、ナナカ達は係員から受け取った。
昨日パソコンにあった通りだ。
その灯をかざしながら、他の観光客に混じり進んで行った。通路は舗装され、壁や天井にはネットがかけられている。
「ねえ、ヒイロ。本当にここにあると思う?」
この感じ……宝珠のある場所とはナナカには思えなかった。
こんなに人がたくさんいて、整備されている場所に、もし宝珠があったら、説明書きの看板が、たくさん立っていそうだ。
「この雰囲気では、ちょっと……」
ヒイロも、そう思っているらしい。




