3.冒険への旅立ち
昨晩のことは、現実味があって、とても夢とは思えないナナカだった。
白装束のあの人は、はっとするような美しさだった。
ナナカには、兄が一人いるけれど、姉や妹はいなかった。女の子の姉妹に憧れていた。
すごくきれいな人だったので、こういうお姉さんがいたら、一緒にいるだけで気持ちが明るくなるし、いろんな話が出来て楽しいだろうなと、親しみが湧いた。
「ナナカさんに、宝珠を探し出して欲しいのです――」
彼女は、形の整った鮮やかな紅色の唇を開き、静かにそう切り出した。
「宝珠とは、とても大切な物なのです」
発せられる声は、高く澄んで、きれいな音楽のようだった。でもその音律は儚げだった。
その時、別の声が降ってきた。
それは、おぞましく、ぞっとする声だった。
「機織姫……。
どうやら、勘付かれてしまったようじゃ」
ナナカは驚いて、上から声が聞こえて来たような気がしてきょろきょろ見てみたけれど、見上げても岩がごつごつしているだけで、どこから声がしたのか分からなかった。
「なんと……! 急がねば。
夢ではなかった証として、ナナカさんに、この櫛を託しましょう」
機織姫と呼ばれた優しそうな美人は、ほっそりとした白い手で、懐から何かをすっと取り出した。
そして、ナナカの右手に触れると、持ち上げ、手の平に取り出した物を乗せた。
それは、木の櫛だった。ナナカの手の平を、そっと包み込むように、機織姫は手を重ね櫛を握らせる。
「ナナカさん、頼みましたよ……」
ナナカは、機織姫の手が氷のようで、あまりにも冷たかったことに驚き、その顔を反射的に見た。
機織姫の瞳は昏く、悲しげで、ナナカは胸を衝かれた――――。
そこで、昨晩の出来事は終わりとなる。
夢だったのかも、と思ってもみたけれど、翌朝ナナカの右手には、しっかりと木の櫛が握られていたのだった。
祖母宅へ、ナナカは急いだ。
走りながら、夏服のブラウスの胸ポケットを手で確かめると、やっぱりごつごつとした感触があった。間違いなく、例の、機織姫から手渡された木の櫛が入っている。
ナナカは、朝から同じ仕草で何度も確認していた。
今日は、心の中で、不思議だなあ、不思議だなあと繰り返してばかりだった。
愉快でたまらない!
未だに信じられない気もするけど、櫛がここにある以上、本当のことだったと思うしかない。
それに、本当のことであってほしい、という思いもあった。
好奇心の塊、そして、性格上困っている人に頼られると、ほっとけないナナカ。
本名は、蒼田菜々花。
元気で、興味のある事にいつも瞳を輝かせている。すっきりとした眉。にこやかな赤い唇と、そこから発せられる、鼻にかかった舌足らずの声。
夏休みは、もう返上! と心に誓った。
今、わくわくするような大冒険が、始まろうとしているのだ!