28.再び磯へ
「はっはっはっ、ナナカは思いついたことをどんどん言い出すから、何の話だか、早過ぎて、聞いてて大変だ」
「だってね、ナミ小僧はもっと怖そうな感じだと思ってたんだもの! 口が裂けてて、目がつり上がっててね、猫背で……」
ナナカは、大きな身振りで説明した。そこで、はたと気付いた。
「ナミ小僧にね、お礼を言われたの。
子どもの頃助けたらしいんだけど、私、全然覚えてないのよね」
「あれは、わしがナナカに頼んだんだ」
「どういうこと!?」
「ナナカが小さい頃、海で、蛇の様なものを助けたことがあるだろう」
「ええ~! そうだっけ?」
「ああ、台風の後、海に打ち上げられていたんだ。
木の葉のように波に翻弄され、弱っていたんだろうよ。
わしはナナカに、岩場に青くて長細いモノがいるから、助けに行っておくれ、海へ返しておいで、と言った。
覚えてるか?」
言われてみれば、そんなこともあったような、なかったような……。ナナカは記憶の糸を手繰った。
「お前はまだ小さかったが、今と同じで、臆せず海へ行き、それを助けて帰って来た」
青い……。長細いもの……!
「あれが」
ナナカは目を見開いた。
今、はっきりと思い出した。
「ああ、ナナカはナミ小僧だと知ったら、怖がって助けられなかっただろうから、明かさなかったがなあ」
信じられない。
「瀕死の状態だったと思うよ。
あの時、わしではなく、ナナカが助けに行くべきだと思ったんだ。
こういう巡り合わせだったからなんだなあ」
ナナカは、立ち上がった。
「おばあちゃん、ありがとう。ちょっと行ってくるね」
ナナカは、玄関に向かった。
「やれやれ、慌ただしいことだなあ」
サトののんびりとした声が、ナナカの背に聞こえた。
ナナカは、三角波の浜に向かって駆け出した。
子どもの頃、濃い青色の蛇のような生物を助けたことがあった。そのモノは、大きな岩の上でかなり弱っていた。
あれが、ナミ小僧だったとは!
そうだった。確かにサトに言われたのだった。
台風一過の蒸し暑い午後で、海はまだ荒れて波が高かった。
ナナカはあの時岩場の潮だまりに、弱った細長い生き物を移動させた。
そして、サトの家に急いで帰り、パンをもらって海へ戻った。そのパンをちぎって青い生き物にあげたのだった。
ナミ小僧が着ていた着物の色、記憶の中の生き物と同じ、濃い青をしていた。
「ナミ小僧~!」
ナナカは、三角波の磯に着くと、大声で呼び掛けた。
(本当に出て来てくれるのかなあ。)
昨日は、海水をたくさん飲んでいたし、ひどい寒気もしたので、ちゃんと話を出来なかったのが悔やまれた。
三角波の磯は、静かだった。
途中、海水浴へ向かう家族ずれとすれ違っただけで、ここには誰もいない。
エメラルドグリーンの海が、太陽を反射して、眩しく光っている。北側からの波と南側からの波が、切れ目なく交差し続けている。
ナナカは、海へ向かって、大きな声で呼びかけた。
「ナミ小僧~! 約束通り、会いに来たよ~!
出て来て~」
しばらく、海は静まり返っていたが……。
「お姉ちゃん!」
海の中から、ナミ小僧が、ざぶん、と姿を現し近付いて来た。
「わああ、ナミ小僧だ!」
ナナカが、右手を大きく振ると、岸へ上がり、顔をほころばせながらやって来た。
「おいらに会いに来てくれたんだねッ、ありがとうッ」
ナミ小僧は、八重歯を覗かせ屈託なく笑っている。
ナナカは、スカートのポケットに入れてある、機織姫の木の櫛に触れた。やっぱり、夢なんかじゃない、ナミ小僧は本当にいた。
カイリはああ言ったけれど、機織姫に会ったことだって夢なんかじゃない。




