24.変わらない世界
「わかった、わかった」
カイリの返事には、気持ちがこもっていなかった。ナナカは悔しかった。
「カイ兄、宝専寺の坊さん達は本気で探しているようだったよ。宝珠というものには、何かあるんじゃないのかな。
ナナカ、ネコミミ島はどうだったんだ?」
ナナカは、首を横に振った。
「ううん、何にもなかったの」
「そうか」
ヒイロが考え込むように言った。
カイリは、最後まで話しても信じてくれていないようだった。
(なんで?)
どこか、軽くあしらおうとしている感じがあった。
こんなのいつものカイリじゃない。冷たく隔てる壁がある。
カイリとの間に、以前には感じなかった距離が出来たみたいで、寂しかった……。
「和田平太の話は、この辺じゃちょっと有名な話だ。
ばあちゃんから、俺も聞いたことがあるよ。
それで……」
ナナカの話を信じたわけではない、と断りを入れてからカイリは話し始めた。
「和田平太胤長は、実在の人物だ。
洞窟探検の逸話は、伝承として文献に残っている。
でも、死んだのは洞窟ではないよ。
源頼家に従っていたせいで、非業の死を遂げたそうだ。頼家が、北条氏の陰謀によって幽閉されたため、確か和田平太も追い詰められて死んだんじゃなかったかな。
『宝珠』っていうのは何だろう」
「竹取物語に出てくる龍の玉か、ドラゴンボールみたいなものかなあと思ったんだけど」
ナナカは、立ち上がってカイリの方に身を乗り出した。
「龍の首の五色に光る玉だろ。
それは、かぐや姫が、しつこく求婚を迫る公家を諦めさせるために、架空の龍の首の玉を持って来させようとした話だよ」
「架空? あれ、そうだったの」
ナナカはすとんと椅子に戻った。
「ああ、無い物を見つけられる筈もなく、死者まで出てしまって、結局その公家は、理由を付けて持って帰れなかったとかぐや姫に報告し、愛想をつかされたんだ」
ナナカが思っていたのとは、全然違っていた。
恥ずかし過ぎる……。
カイリは、真剣そのものの二人を見比べた。
4つの眼は、まっすぐに自分に向けられている。興味のあることでいつも目を輝かせているかわいい妹、そして自信に溢れている弟分のヒイロ。
(変わってないな、この2人は)
美浦の地は、いつまでたっても変わらない。
安心感とともに、うんざりと苛立ちを覚えるカイリだった。
カイリは今、行き詰まりを感じていた。いろんなことを考える内、地元に一度戻ってみようと思い帰ってきた。
でも……。
カイリは、二人に気付かれないように、そっと溜め息をついた。
自分も、昔はこんな目をしていたのだろうか。
なぜ苛立っているのか、何に苛立ちを感じているのか、わからない。適当に話を合わせていれば、ナナカの気も済むだろうに。
ただ、この2人の明るく輝く目には抗えないものがある。それは、自分が見失ってしまった、ひた向きさだった。
「……よし、信じた訳じゃないけど、困ったら、また話は聞くから」
カイリは、ちょっとだけ、笑みを浮かべた。
その時、また例の軽快な音楽が、ヒイロのスマホから鳴った。
「また着信戻されてる。いつの間に」
せっかくいい感じで話が進んでいたのに、とヒイロが残念な声をあげ、電話に出た。
「もしもし……」
ヒイロが小声で話し始めた。
「ヒイロの音楽の趣味、どうしちゃったんだよ?」
カイリが、小声で笑っている。こういう顔は、いつものカイリのままだった。
聞こえたらしく、ヒイロは電話しながら、心外だ言わんばかりの顔をカイリに向けた。ヒイロとしては、カイリに、相変わらずだと思われたくなかった。少しは、成長したな、と感心させてやりたいのだ。
「桜ちゃんか信乃ちゃんに、勝手に設定されてるみたいだよ」
ナナカはナイショ話の時のように、小さな声でカイリに言った。電話の相手に聞こえては、大変まずいことになる。
「あの2人……まだ好き勝手なことをヒイロにやってるのか」
カイリは、またちょっと笑った。悲しく、ちょっと笑った。
「変わらない。ここは、ずっと変わらないんだな……」
「変わらないよ、お兄ちゃん。ここは、今までもこれからも、きっとずうっと変わらないよ♪」




