23.カイリ
「痛っ、やめてよ~。
頭がもじゃもじゃになっちゃうじゃん」
「なれ」
「はい、終わり、終わり。
埃が立つでしょ。ナナカも高校生なんだから、いい加減懲りなさい。
お兄ちゃんはね、ナナちゃんが心配でたまらないのよ。
2人とも、冷めない内にパンを食べなさい」
「カイリは昨日おばあちゃんの所でいろいろご馳走になったって言ってたわね。無理に食べなくてもいいのよ」
「うん、ありがとう」
「ヒイロくん、たっくさん食べて、更にイケメンに育ってね。うふふ」
「ははっ、ありがとうございます」
ヒイロが弾けるように笑って母に答えた。
ヒイロの笑いで空気が変わって、ダイニングは明るい雰囲気になった。
昨日、サトの家の庭にヒイロが現れた時は、久しぶりで、ちょっと感じが変わっていて照れ臭かったけど、もういつものナナカの調子に戻っていた。
「ママ、ありがとうね。いただきます」
ナナカは、手を合わせると、トーストをぱくりと口に入れた。
「ゆっくり食べてね。ママは、洗濯物を干すのが遅くなっちゃったから、急いでやってくるね。後はカイとナナで、お願いね」
「はあい」
母は、ダイニングから出て行った。
「カイ兄とナナカは本当、仲いいよな」
ヒイロの声には、切実過ぎる苦しい響きが含まれていた。
「ヒイロは、相変わらずみたいだな?」
カイリが、ヒイロを見て少し笑った。
カイリも、ヒイロの姉達の本性を知る、数少ない存在だった。
「俺も、カイ兄みたいに早く家を出たいよ。あの2人に、会わなくて済む所に」
そう言いながらも、実は姉達が大好きなことを、ナナカもカイリもよく知っていた。
「一人暮らしはいいぞ」
ヒイロが、うらやましそうにあれこれと東京での暮らしについて聞き始めた。低く響く声で、静かに語るカイリは、やっぱりかっこよかった。
でも。
(あれ)
なんだろう、違和感がある。
ナナカは、感が鋭い。何か、カイリに引っ掛かりを感じるのだった。
「朝からヒイロに、昨日の話は聞いたよ。
ネコミミ島と、和田平太が消えた洞窟が繋がってるって話だって? 富士山と、桃香島なら、繋がってるかもしれないって有名だけど……」
カイリは、首をひねった。
「とても信じてもらえそうにない」
ヒイロはおどけて肩をすくめて見せた。
「どうしてえ?」
カイリは、絶対信じてくれると思ったのに……。
「当り前だろう。そんなのただの夢だよ」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、カイリは鼻で笑った。
ナナカは、兄のその態度に深く傷ついた。
「でもね、朝起きたら木の櫛があったの。証だって言って、手渡されたのよ」
ナナカは立ち上がって、部屋まで櫛を取りに行った。
「お兄ちゃんほら、見て」
カイリに手渡す。
「ばあちゃんの櫛を、何かの時に持って帰ってきたんじゃないか? すっかり忘れてて、昨日になって出てきただけだろう」
カイリは、ばっさり切り捨てた。
「違うもんっ」
ナナカは、むきになって答えた。
「それに、宝専寺の伝海っていうお坊さんも、何か知ってて、探してるみたいだったもの。
だから、夢じゃないもの」
ナナカは、涙が滲んできそうなのを一生懸命堪えていた。
険悪な空気が流れた。
今ヒイロから仲が良くて羨ましいって言われたばかりだったのに。
その時、さっと風が動いた。
ヒイロが、両手を頭の後ろで組んで椅子の背にもたれたのだ。
「カイ兄、確かに、いきなり信じろって言っても無理かもしれないけど、俺もそいつらと戦いになったんだ。ナギラって奴の方はすごく強かった」
「へえ、ヒイロがそう言うなら、相当だな」
ナナカは悲しかった。
前は、こうじゃなかった……。
目に見えないもの、音に聞こえないものでも、心で見て、聞いて、感じてくれる兄だったのに。
「ナナカ、俺に言ってくれたことを、カイ兄にも話すんだ」
ヒイロが、爽やかにやさしく言ってくれたことで、ナナカは力を得た。
「うん」
ナナカは、今まであったことを、順を追ってカイリに話した。
溺れたことは言わなかったけど、浜でナミ小僧に会ったことも話した。
「ナミ小僧?」
そこまでは、ヒイロもさすがに信じられない、という表情だった。
「本当だもの……」
ヒイロにまで、そういう顔をされてしまうと、ナナカの声も小さくなってしまう。ますます泣きそうになってくる。
でも、ナミ小僧は本当にナナカのことを助けてくれたのだ!
あれは、夢でも何でもなかった。あの水掻きの付いた手も、笑った時の八重歯も、間違いなくナナカが実際に目にしたことだった。
「本当だもの!」
ナナカは今度は、確信をこめて力強く言った。
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