19.ナミ小僧
「姉ちゃん、ナナカお姉ちゃん」
ナナカは、自分がどこか硬い所に横たわり、揺すられていることに気付いた。
「着いたよ」
「ん……」
(私は、ええっと私は……)
ナナカは、ぼんやり目を開けた。
「起きたね」
目の前に、自分を覗きこんでいる少年がいた。
八重歯を覗かせて、人懐こい笑みを浮かべている。小学校低学年位だろうか。
濃い青色の着物は濡れそぼって、ぽたぽたとしずくが滴っている。
そして、肩には藻が巻き付いていた。
(この子って!)
頭がはっきりしてくると、ナナカはピンときた。
子どもの頃、サトがしてくれた昔話。
その中で、繰り返し、聞かせてくれた物語に何度も何度も出てきた、あの、あの……。
「ナミ小僧!?」
言った瞬間、ナナカはゴホゴホと咳き込んだ。
さっき、大量に海水を飲んでしまったせいだった。喉が、ひりひりする。
「大丈夫? そうだよ、おいら、ナミ小僧だよ」
ナミ小僧は、ナナカの背中をさすった。
(やっぱり、この海に本当にいたんだ)
子どもの頃は、サトの話が具体的だったので、絶対にいると思っていた。ナミ小僧は、やっぱり荒来に棲んでいたんだ!
夢ではない、これも現実のこと。
昨晩から、驚きの連続だった。
「助けてくれて、ありがとう」
ナナカの口からはしわがれたような、ひどい声が出た。まだ、海水が喉の奥の変な所に引っ掛かっている。
「へへッ、どういたしましてッ」
ナミ小僧は、得意げに胸を反らした。嬉しそうに頭を掻いていて、その指の間には、水掻きが見えた。
ナナカは、三角波の海の磯の大きな岩の上にいた。ここで、ナミ小僧が、ナナカを介抱してくれていたのだろうか。
「何で、どうして私を連れて行かなかったの?」
ナミ小僧は、独りぼっちで寂しいし、人間を憎んでいるから、海の中に引きずり込むのだとサトから聞いていた。
ナナカは、小さな頃、ナミ小僧が海から上がって、自分の部屋までやって来たらどうしよう、ずるずると海に引きずりこまれたらどうしようと思っていた。
サトから話を聞いて数日後、夜の間中眠れなくなり、兄に手を繋いで寝てもらった。その後、サトに、ナミ小僧の弱点は炎だと聞いて、台所のガス台の側で寝ようとした。いつやってきても追い返そうと思ったのだ。その時は、風邪をひくよと怒られて、部屋に連れ戻された。
「違うよ。おいら、ここに流されて来た人や、何も知らないで海の色がきれいだッて言ッて泳ぎに入ッちゃッた人達を、今までたくさん助けてきたんだ。
それなのに、皆、おいらが悪さしてると思ッてる」
ナミ小僧は、不満そうに、口を尖らせた。
「ええ!?」
ナナカは目を丸くさせた。
ナナカが想像していたのは、白い顔で、口が裂け、恨みがましい細い目をした少年が、ナミ小僧だった。目の前の少年は、ナナカの考えていたナミ小僧と全然違っていた。
今は、拗ねている。でも、それがかわいかった。
ナナカは優しく話しかけた。
「私、あなたのこと、誤解してたみたい。ごめんね」
「べッつに~。いいよ」
ナミ小僧は、八重歯をのぞかせ、へへッと笑い、水掻きのついた指で、鼻をこすった。
「サトおばあちゃんが、そう言ッてたんでしょ。おいら、何でも知ッてるんだ」
ナミ小僧は再度へへッ、と笑った。
「サトおばあちゃんは、ここでよく事故が起きるから、子ども達を怖がらせて、海に近付けないようにしようとして、言ッてるんだろうね」
「おばあちゃんのこと、知ってるの?」
「うんッ。昔、助けてもらッたことがあるんだ」
「おばあちゃんに?」




