16.美人の双子は鬼姉妹2
ヒイロはスマホに耳を傾けながら、苦笑いを浮かべた。でも、その表情は、いつもの爽やかな余裕を取り戻していた。
「今から、ナナカと約束があるんだよ」
ヒイロは、切れ長の目をちらっとナナカに向けた。
ナナカは、目が合うと、ぷるぷると小さく数回首を振った。
全くもってとんでもない! ナナカを優先させるなんて。清らかそうな笑顔に隠れた、あの2人の裏の人格を考えると、すっごく恐ろしい……。
ナナカまでとばっちりを受けるのは、真っ平だった。
「ヒイロ、ネコミミ島はいいから、早く行った方がいいよ」
「でも」
ナナカは思わず、姿勢を正して、激しく左右に手を振った。
「大丈夫デスから!」
ヒイロは、困ったような素振りを見せ、目を伏せた。
「……」
「本当に大丈夫だよ。早く家に帰っちゃった方がいいよ」
ナナカは、電話の向こうに聞こえないよう小声で言った。こちらにまで災難が及ぶのは避けたい。
「じゃあ、ネコミミ島は明日でもいいのか」
ヒイロが、その澄んだ目でナナカを見た。
「ええ、勿論!」
ナナカは大きく頷いた。2人を怒らせたら収集がつかなくなる。
「わかった……。
じゃあ、今から行くよ。言い方が嫌そうだって? はいはい。今すぐ参ります」
最後の方は、宥めるように言って、電話を切った。
ナナカは、ほっと胸をなで下ろし、思わず笑った。
ヒイロは、犬河姉妹の弟というで一目置かれていたし、顔立ちの良さから、中学時代はけっこう人気が高かった。
今は、男子高なのでわからないけれど、影では姉にこき使われているのを、地元の他の子達も知らない。実際の場面を見たら、どう思うだろうと今までに何回思ったことか。
また、姉たちもそうで、憧れの可憐な双子、犬河姉妹が、弟に対して酷烈な仕打ちをしているなんて、薔薇の花が咲いたような姿からは、翠嵐高校生の誰も想像出来ないだろう。
「ナナカ……。ごめんな」
ヒイロがこちらに向き直った。
「ううん、私も、2人を怒らせたくないもの。どっちからの電話だったの?」
ヒイロは、困ったようにさらりとした髪をかき上げた。
「ああ信乃姉の方。
今日、翠嵐は登校日だったろ。
友達と買い物に行って、疲れたし、荷物がやたら多くなったから、駅まで迎えに来いって。
……さっき、桜姉を、駅まで乗せて行った所なのに。俺だって今日は、用があって学校だったんぜ。
でも、俺の都合なんて関係ないんだろうけどね」
困った姉だ、と言ってヒイロは穏やかに笑みを浮かべた。ナナカには、困っている人の発言には感じられなかった。ヒイロはなんだかんだ言っていても、基本姉達に優しかった。
ヒイロが立ち上がった。
りん、と鈴の音が響く。
すらっと高い背は、今日庭で最初に会った時、更に伸びているとナナカは思った。
「悪いな。明日絶対にネコミミ島に行くから」
ヒイロが、かがんで、ナナカを真っ直ぐに見た。
ナナカ、今日はもう、絶対行っちゃだめだ」
ヒイロが言い聞かせるようにそう言うので、ナナカは渋々頷いきつつ、心の中で、ぺろっと舌を出していた。
「怪しいなあ……」
ヒイロは疑り深くナナカをじろじろ眺めた。
「……」
ヒイロは、何か言いたげな顔をしていたが、ナナカは素知らぬふりをした。
「よし。じゃ、9時頃、磯に来て」
「9時ね」
「ああ、じゃあ明日」
言うが早いか、ヒイロはさっと身を翻し、鈴音を残しながら階段を下って行った。
ナナカは、窓から顔を出した。自転車にまたがるヒイロの背に向かい言った。
「ヒイロ!」
ヒイロは振り向いた。
「ヒイロが一緒に探してくれることになって、本当に良かった! ありがとうね」
ヒイロは、軽く右手を上げた。




