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15.美人の双子は鬼姉妹1

「すぐに行って来るよ」

 ナナカに品よくにっこりと笑いかけたヒイロは、生き生きとしていた。ヒイロは海の近くで育っただけあって、泳ぐのがとてもうまく、自信満々だった。


 ナナカも、泳ぎは得意分野だけれど、さすがにヒイロには敵わなかった。

「それじゃ、ヒイロにお願いするね」

 ヒイロに向かって手を合わせた。

 

 ナナカも、今日学校で海を見ていた時から、こんなに天気も良くて気持ち良さそうな日は、すっごく泳ぎたいのになと思っていた。

 更に、海水浴客の楽し気にはしゃぐ姿を横目に、海沿いを走って来たので、その気持ちは強かった。ちょっぴり残念な気もするが、時間を考えると、確かにヒイロの言う通りにした方がよさそうだ。


「それじゃ、待ってて」

 すっと立ち上がったまさにその時、ヒイロのスマートフォンが、大音量で鳴りだした。


 それは、ヒイロが絶対設定しそうもない、女性アイドルの、ちょっぴり昔に流行した歌だった。

 ヒイロは突然の大音量にぎょっとして、さっきまでの余裕の態度はどこへやら、焦り、うろたえながら、制服のズボンの後ろポケットに手を入れた。


「またやられた!」

 慌ててスマホを取り出しながら、悔しそうに呻いた。もう一度座りこみ、急いで出る。


「もしもし、また携帯をいじったな。変な曲にするなよ……」

 ヒイロは、スマホに向かって怒りを抑えたように言った。

 でも、相手に言い負かされたようで、すぐに閉口した。ナナカは、笑いそうになるのを必死で抑えた。


 このやり取りだけで、ナナカには相手が誰か見当が付いた。ヒイロの双子の姉の、信乃しのか、桜子のどちらかのはずだ。

 普段は、器用でそつなく振舞うヒイロなのに、双子の姉達には、全く頭が上がらない。小さな頃から、姉達の虐待(?)を受け、絶対服従に調教(?)されていた。


 中学の頃、ヒイロから聞いた話では、真冬に桜子のクラスメートが、好きな人に告白することになった時、夜、女の子だけだと危ないからと言われ、その人が出て来るまで、きゃあきゃあ大騒ぎする桜子達仲良しグループと、寒い中塾の前で、2時間位出待ちに付き合わされたことがあったらしい。

 桜子の仲間のテンションと、延々と続くガールズトークには閉口だった、と後から疲れ切った顔をして話していた。


 また、信乃がクッキーを作ったけど、失敗したことがあった。「不味くってもう食べたくな~い、でも勿体な~い」と大量に押し付けられ、ヒイロは無理やりに食べさせられていた。


 あの時は、食べきれなかった分が、こっそりナナカにまで回ってきた。

 何の変哲もない単純な材料で、どうしてあんなに不味い物(固くてぼそぼそした砂のようだった)が作れるのか、ナナカには不思議だった。


 更にヒイロは、姉達が同じ先輩に憧れていた時、学校帰りに先輩の家まで尾行をさせられたこともあった。家を突き止めたかったのだそうだ。

 ヒイロが、もし姉達に一言でも反論しようものなら、タッグを組んで、百倍以上にして返されてしまう。口では敵わない……強烈で最恐のコンビだった。


 桜子と信乃は、学校では、美人な上、成績も優秀で憧れの的だったので、幼馴染みの為、よく声をかけられるナナカは、皆からうらやましがられている。


 でも、学校で見せる、可憐で優しそうな微笑みの裏で、実態は、奴隷のように弟を酷使する、鬼姉達だった。

 学校内でその事実を知っているのは、もちろんナナカだけだった。


 お姉さんか妹の欲しいナナカも、後退りたくなる傍若無人な双子に、ヒイロは、今も難題を押し付けられているに違いない。それが、ナナカには同情したくもあったが、可笑しくもあった。


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