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11.奇妙な青年

 思いもかけない展開だった。


 最初の印象とは違い、物腰低く言葉を掛けられたので、ナナカは拍子抜けした気分になった。

 すっかり青年のペースになってしまい、今にも伝海を連れて小道を登り、寺の方へ立ち去りかねない勢いだ。

 しかし、ヒイロはまだ油断なく相手の様子を観察していた。


「ナナカが、和尚さんに、すごい力で手首を掴まれたせいで、ひどく真っ赤になってしまったんです。ほら」

 ヒイロはそう言って、ナナカが、痛い思いをしないよう気を付けながら、赤くなっている手首を見せ た。


「ヒイロ、もうあんまり痛くないから、大丈夫だよ」

 ナナカは、急に、ヒイロの手が自分に伸びたので、どぎまぎした。

「そういう訳にはいかないだろう?」

 ヒイロが、至近距離から労るようにやさしく微笑む。

 久しぶりに会ったヒイロが、少し大人びて見え、ナナカは眩しかった。

 最近会っていなかったせいで、どうもさっきからヒイロに対していつもの調子が出ないナナカだった。


「それはそれは……。うちの和尚がいろいろとすみませんでした」

 青年が、頭を下げた。

「僕は、この伝海和尚の甥で、柳楽なぎら清仁きよひとと言います。


 宝専寺は檀家さんも減っていて貧乏寺で、維持に苦労しています。これからは、身内で何とかするしかない状態です。将来は、多分僕が後を継ぐことになるでしょう。


 これからもお会いする機会があると思いますので、どうぞよろしくお願いしますね。

 おじは、気が短いし、騙されやすいので大変心配しておりまして……。

 今は寺に、一緒に住んでいるのですよ」


 ナナカは、あの、荒れた寺を思い出した。

(子どもの頃よく遊んだけど、お化けが出そうな位不気味で廃れたお寺だったのに。人が住んでるってことよね)


「さあ、和尚さま、行きますよ」


 ナギラが、伝海を引っ張って、上りの小道の方へ連れて行こうとすると。

「ま、まて! 実は、この子娘が……」

 そこで、伝海は、何やら小声でナギラに話を始めた。


 時々、ナナカをチラッと見たり、指差したりしている。「宝珠が……」「大蛇が……」と、所々で聞こえた。

 ナナカには遠目にも、お面の様なナギラの顔色が、一瞬真顔に変わったように見えた。


 話が終わると、ナギラは、ナナカを頭のてっぺんから足の先まで、じーっと観察するように見てきた。

 さっきまでの、物腰の穏やかなナギラの様子とは違っていた。


「何ですか?」

 ひやりと嫌な感じがして、ナナカは強い口調で問いかけた。ヒイロが再び、そっと、ナナカを背に庇う。切れ長の目を鋭くさせて、ナギラを睨みつけて。

「どういうことです? どこでその話を聞いたのだ」

 ナギラは詰問口調だった。

 今までとはガラッと変わり、冷たい声音になっている。

「何ですか、急に」

 ヒイロが、ナナカを隠すように、ナギラに対して立ちはだかって身構えた。


 ヒイロとナギラの視線はぶつかり、見えない青い火花がばちっと散った。ヒイロの目には再び、燃えるような野生的な光が宿った。

「ほう、君も少しは使えるようだな!」


 言いながら、ナギラが右腕を振り上げ、ヒイロに打ちかかってきた!

 ヒイロは、手刀をナギラの腕に見舞わせ、たいをさばき、さっとかわす。ヒイロの鈴が、りんと鳴った。

 そして、かわしざま、今度はヒイロの方から突きを見舞った。


 ナナカは、ナギラが打ち込んできた時に、後ろへ下がっていた。

 そして、不安な気分で戦いの行方を見つめていた。ヒイロに限って心配はないと思うけど、相手が普通じゃないだけに気持ちははらはらしていた。

 伝海は、後方から、拳を振り上げて、ナギラに「行けえ! やれえ!」とがらがら声で声援を送っている。


 ナギラは、ヒイロが打ち込む空気の揺れを感じ、寸前でうまく避け、突き出されたヒイロの腕をつかみ、捻り上げようとした。

 しかし、気付いたヒイロは、重心を後方に素早く移動し、勢いをつけて空いた脇に拳を叩き込む!

 ナギラはそんなことはお見通しとばかりに、さっと身を引いてカウンターを見舞った!

 ヒイロは、態勢を崩しながらも、とんぼを切って、ひらりと地に降り立った。


 この相手からは、距離をとらなければ危険だと体が勝手に反応し、咄嗟にナギラから離れたのだった。

 流派がわからなかった。ヒイロは、相手に、底の知れないものを感じた。

 陰湿、といって良かった。そして、暗い策謀が見え隠れしている。

 それは、今まで対峙してきた相手とは、異質なものだった。


 そこで、ナギラは、ふっと視線を外した。

「随分と身軽なようですね、武術の心得があるようだ。いや、しかし……今日は、これで。

 和尚さま、ほら、謝って」

 伝海は、さも嫌々そうに、ナナカに謝罪した。

「すまなかったな」

 それから、ふてぶてしく、ふん!と顔を背けた。


「和尚! 全く子どもじみていますね。

 勝手に蒼田さんの庭に入り、すみませんでした。

 それでは」


 そう言うと、ナギラは、取って付けたように、先程までの表面に張り付けただけの笑顔に戻り、嫌味なほどていねいに、ゆっくりとお辞儀をした。

 そして、伝海を引っ張り引っ張り、庭を通り抜け細い小道を上り、あっという間に石の階段を上がって行ってしまった。


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