1.始まる
(あれ……。ここ、どこだろう)
ナナカは、明日、8月4日の登校日に備え、夜は早めにベッドへ入った。
学校で、クラスメートと会えるのを楽しみに眠りについた……はずだった。
それなのに。
今、自分は、一体どこにいるのだろう。
辺りは薄暗く、じめじめとしている。
「そこのあなた……」
高く澄んだ細い声が、遠くから聞こえた。
「誰!?」
ナナカは驚き、咄嗟に素っ頓狂な声を上げ、辺りをきょろきょろ見回した。が、誰も見当たらない。
「ねえ、誰かいるの?」
今度は、恐る恐る声のした方へ、誰何してみた。
やっぱり返事はない……。
しばらくすると、徐々に目が慣れて辺りの様子が分かってきた。
ナナカのいる場所は、四方ごつごつした、茶色の岩壁で出来たトンネルのようだった。
明りはなく、岩からはうっすらと、わずかな光が染みだしている。いや、岩自体が、ぼうっと発光していた。
左右の幅は、大人が3~4人並んで歩ける程度。
高さは、身長157センチのナナカが、思いっきりジャンプしても、届かない程と思われた。ナナカの部屋の天井より、少し低い位だろうか。
全く、見覚えのない場所だった。
(まさか、オバケなんて出てこない……よね?)
先日見た、『真夏の夜の怪談物語』というテレビ番組を思い出した。怖がりのくせに、ついつい見てしまうのだ。
あの日の夜は、2階の部屋へ上がる時、いつもの階段なのに暗がりに何かが潜んでいそうで、ぞわぞわした。
残虐になぶり殺された蛇が、殺した男に恨みを晴らすため、執拗なまでの復讐をする話だった。
女に化けた蛇は、びしょびしょに濡れ、髪が顔に張り付いていた。
(こっ怖~い!)
思い出すだけでもぞくっとして、心臓が縮み上がりそうになる。
ナナカは、ぎゅっと目を閉じて、首を左右にぶんぶん振った。
(考えない、考えない!)
それから、ぱちっと目を開け、大きく深呼吸し、気を取り直して声のした方へ目をこらした。
すると、闇の奥で、小さな青白い炎のようなものが、揺れているのが見えた。
(やっぱ、オバケ系かも……)
逡巡は短く、いつものように怖いもの見たさの方が勝った。
青白い光が何なのか、興味が湧いて来る。
ナナカは好奇心が強過ぎた。
「ねえ、誰かいるの?」
大きな声で呼び掛けると、怖いのも吹き飛んだ。
前方の揺らめく光に向かい、思い切って近付いてゆく。
すると、薄闇の中、幽かに浮かび上がるシルエットがあった。なんと白装束の女の人だった。
「ひっ!」
今度こそ、腰を抜かす程、ナナカは驚いた。
(やっぱ、オバケだったのよ! 間違いなく、お化けぇっ!)
さすがに未知の存在相手には、いつもの調子も出そうにない。
(ムリムリ、ほんとムリ! 誰か)
とっさに、涼やかな目元で余裕の笑みを浮かべる、幼馴染の顔が思い浮かぶ。
でも、今ここにはいないのだ。
その時、目の前の着物の女性が、鮮やかで可憐な赤い口を静かに開いた。
「あなたは、ナナカさんですね。折り入ってお願いしたいことがあるのです」
「は、はいいい~ッ」
ナナカは気が動転して、声が裏返った。
相手をよく見ると、年のころは高校1年生のナナカと同年代か少し上と見えた。腰まである長く艶やかな黒髪に、白い装束。黒目の大きな瞳は、もの悲しい色をしていた。
お化け屋敷などで見かける、例の典型的ないでたちだった。
でも、真剣すぎる瞳が、後ずさりしそうなナナカの足を思い留まらせる。
「助けていただきたいのです」
その人の言葉には、絞り出すように悲痛な響きがあった。
……ただのオバケさんではなさそうだ。
夢なのか、それにしては、あまりにもリアル過ぎる。
「助ける?」
その人――機織姫は、無言で頷いた。
その頷きには、重々しい決意が込められていた。機織姫にとっては、自分自身をナナカに委ねる、大きな大きな賭けだった。
「ええ、ナナカさんに、お願いしたいことがあるのです」
同日、同刻。
とある荒れた木造の堂。
堂内では、2本のろうそくの炎が、時折、揺らめいている。
木の壁には、大きな男の影が、ぼうっと照らし出されていた。
「はっははははは! 彼の者、ついに動いたようだな」
男は、水鏡を覗き込んでいた。
銅製のその鏡は、不思議な魔力を持っていた。
張られた水は普通の水でありながら、ねっとりとしている。そこには、ぼんやりと映像が映し出されていた。
「やはり、真実だったのだ。これで、これで! ふっはっはっはっはっは!」
男は、後方に控えている人物を振り返った。
「動く、動き出す」
その人物は、謎めいた笑みを浮かべている。赤い唇をぺろりと舐めた。
ろうそくの芯が、じじ、と焦げた。
こんにちは!
こんばんは!
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ほのぼのとしたお話になりそうです。もし気に入っていただけたら、嬉しいです(*^_^*)
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