§.8【似ている二人】
シャルとクロノは商店街の大通りを歩いていた。
辺りには美味しそうな匂いが漂っている。料理屋が多いのだ。
「ね、クロノ君。お腹空かない? 助けてくれたお礼に、ご馳走するよ」
「あいにくと時間がないのだ。八時までに帰らなければならない」
「なにか用事があるんだ?」
「学則だ」
「え?」
一瞬、きょとんとした顔でシャルはクロノを見返した。
「ノワール学院の学則に書いてあるだろう。夜八時までに帰宅すること、と」
「えー、そんなの守ってる人いないし。先生だって、夜に生徒を見かけても別になにも言わないよ」
「だが、ルールはルールなのだ」
「やだ。いいじゃん。もう少し遊ぼっ」
クロノの腕を取り、ねだるようにシャルが言う。
「全知全能なんだから、なんとかできるじゃん?」
冗談を交えて、シャルが食い下がる。
「金貨が落ちていたからといって、シャルは盗まないだろう?」
「え? うん。ちゃんと魔導裁判所に届けるよ」
「人はできることをすべてやるわけではない。やらないということは、時としてできないことよりも不可能だ」
うーん、とシャルは首を捻っている。
「簡単に言うと、どーなの?」
「性格の問題だ」
それを聞き、あははっとシャルは笑う。
「クロノ君って、友達にちょっと似てるかも。アタシの親友に」
どこか過去を懐かしむように、彼女は遠くを見つめた。
先程までの雰囲気とは少し違う。透き通った意思と静謐さを感じさせる。
「もう死んじゃったけど」
「そうか」
「あ、ごめんね。急に変なこと言っちゃって」
取り繕うようにシャルは笑みをたたえた。
「そんなに似ているのか?」
「うん。普段の性格は全然違うんだけど、さっきみたいに頑固にルールを守ろうとするところとか」
「それは会ってみたかった」
クロノが言うと、「うん」とシャルは静かに相づちを打つ。
「……聞いてもらってもいい?」
そうシャルは問いかけた。
「誰かに話したかったんだけど、誰もいなくて……」
「聞こう」
そう答えれば、安心したようにシャルは表情を緩めた。
「リュカっていう子でね。リュカ・エンディミオン。アタシとリュカが初めて会ったのは、アタシが七歳の時だった――」
シャルは静かに、語り始めた。
◇
八年前。
中立都市コルンツェル。聖ハルケマス教会付属孤児院。
小さな女の子が泣いていた。金髪碧眼で、修道服を身につけている。シャル・アーリアンだ。
「あら? モグラちゃん。なにを泣いているの?」
やってきたのは、シャルと同じぐらいの歳の女の子、ミリアである。
「しゃ、シャルはモグラじゃないよ……」
「そお? でもあなたにピッタリじゃない。目が見えない、醜いモグラちゃん」
嘲るようにミリアは笑う。
「み、見えるもんっ! ちょっと目が悪いだけなんだもんっ!」
涙目でシャルは必死に訴えた。
「それじゃ、ちょっと来なさいよ」
ミリアはシャルの手を握り、ぐいっと引っ張る。
「い、痛いよっ! 引っ張らないで、ミリアちゃんっ!」
抗議の声を無視して、ミリアは歩いていく。やがて、二人は孤児院の中庭に到着した。
「モグラちゃんが泣いてたのって、お祈り用のタリスマンをなくしたからでしょ」
「……なんで知ってるの?」
「探しておいてあげたわ」
そう口にして、ミリアはタリスマンを見せた。丸いペンダントに宝石がついているタイプのものだ。
「え? あ、ありがとう、ミリアちゃん」
シャルがお礼を言うと、ニタァとミリアは笑った。
「ねえ、モグラちゃん。ゲームをしましょ。ここにもう一つタリスマンがあるの。これをそおれっ」
「あっ!」
ミリアは二つのタリスマンを中庭に放り捨てた。
「一つは偽物。あなたの目がちゃんと見えるんだったら、自分のタリスマンを拾えるでしょ。それができたら、モグラちゃんって呼ぶのはやめてあげる」
「ほ、ほんとに?」
意地の悪そうな笑みをたたえ、ミリアは大きくうなずいた。
「近づいて見ちゃだめよ。そこから、どっちが自分のタリスマンか当ててみて」
シャルは地面に落ちた二つのタリスマンを、交互に見た。彼女の目は生まれつき悪く、視界がぼやけているが、宝石の色が違うのはわかった。
一つは赤、一つは青。シャルのタリスマンは青だ。
「わかったよ」
と、シャルは青いタリスマンを指さす。
「それじゃ、拾ってごらんなさいな」
こくりとうなずき、シャルは歩いていく。手を伸ばせば、青いタリスマンに届く位置に来たその時、地面が崩れた。
「きゃあっ!!」
地面に深い穴が空き、シャルはそこに落下してしまった。落とし穴だ。
「あら残念? 外れだわ。もっとも、両方とも外れだったのだけれど」
外から落とし穴を覗き込んで、ミリアは言う。
「あなた、やっぱり節穴じゃない。その穴がお似合いのモグラちゃんだわ。ねえ、みんなもそう思うわよね?」
修道服を着た女の子たちがやってきて、ミリアと一緒に穴からシャルを覗き始める。
「ほんとにそうね。惨めったらしいったらない」
「あたし良いこと思いついた。モグラちゃんなんだから、このまま埋めちゃえば?」
「あら、名案。あなた、なかなか良いこと言うじゃない」
一人の女の子の提案により、ミリアたちはスコップで土を入れて、穴を埋め始めた。
「や、やだっ! なんでっ? どうして埋めるのっ? 助けてっ!」
「大丈夫でしょ。モグラちゃんなんだから」
みるみるシャルの体は土で埋っていく。かろうじて、口で呼吸ができるぐらいまで埋められると、彼女は異臭を感じた。鼻を焼くかと思うぐらいに、強い臭いだ。
「ねえ、なにこれ? 変な匂い? ねえっ、なにか変な物入ってない?」
シャルの質問には答えず、女の子たちはくすくすと笑った。
「あー、疲れた。皆さん、お茶でもしましょうか」
「ええ、そういたしましょう」
ミリアたちの楽しげな声が、みるみるシャルの耳から遠ざかっていく。
「待って。ねえ、みんな、待ってよっ! これ、おかしいよっ! 助けてっ! 助けてよっ!」
シャルは叫ぶが、助けは来ない。
彼女の目に、火花が散った。
「痛っ! なにこれっ! 目に染みる。毒……? ねえ、毒のガスだよっ! 助けてっ! 出してよっ! 出してっ!!!!」
シャルは必死になって助けを呼び続けた。
目が潰れるのではないかと思うほど痛く、目の前がチカチカする。呼吸も苦しく、頭痛がする。死が頭によぎった。
それでもミリアたちは戻って来なかった。大人たちが気がつき、彼女が助け出されたのは、落とし穴に落ちて三時間後のことだった。
「みんながアタシをいじめるの」
「許してあげなさい。人の罪を許す時、我々は神の御心に触れることができる」
シャルは教会の神父に相談したが、返ってくるのは決まってそんな言葉だった。
「アタシが孤児だから、みんないじめるの?」
「神は人に試練をお与えになる。お前が苦しみを感じているのならば、それは神がもたらしたものだろう」
彼女は唇を噛み、瞳いっぱいに涙を溜めた。
神の教えは、幼い彼女に到底理解できるものではない。
「どうして、アタシはお母さんもお父さんもいないの?」
「それはお前が神の子だからだ。ゆえに、神を信じなさい。さすれば、救われるだろう」
シャルは無言だった。
それでもう悩みはないと判断したのか、神父は踵を返す。
「では、お祈りだから行くよ。お前も明日からは出てきなさい」
そう言い残して、神父は部屋から出て行った。
「……神の子……」
悔しそうにシャルは呟く。
そうして、身を起こして、窓の外を見た。
満月が煌々と光り輝いている。
「きれい……」
誘われるように、シャルは部屋を飛び出していた。
神父の許可なく、外に出てはならない決まりだ。しかし、彼女は言いつけを破った。
(あの月が一番綺麗に見える場所まで行こう)




