§.7【地下闘技場の王者】
地下闘技場。ステージ。
そこに立っているのは、審判の男だ。黒いタキシードと蝶ネクタイを身につけている。
審判は時計に視線を向けた後、観客席に向かって大きく手を挙げた。
「皆様、大変長らくお待たせしましたっ!! それでは本日のメインイベントを始めさせていただきますっっっ!!!」
審判が西側の門を手で指し示す。
「西門から登場しますのは、新入りの闘士クロノ・グランベフィウスッ!! 非公式ながら百戦錬磨の剛剣ディノスに土をつけたスーパールーキーだっ!!!」
西門からクロノが現れる。
観客の視線が一斉に降り注ぐ。
「剛剣のディノスと言えば、身の丈以上ある馬鹿でかい剣を片手で振り回す化け物だぞ」
「それを、あんな優男が……」
「見たところ、丸腰だが、いったいどんな戦闘術を操るのか……?」
「将来が楽しみだが、今日だけは相手が悪かったな」
続いて、審判が東側の門を手で指し示す。
「そして! 東門から登場しますのは、この地下闘技場の絶対王者、ルーク・アビデーッ!!! 七七戦七四勝〇敗三分、未だ負け知らずの伝説は、今宵、いったいどんな物語を見せてくれるのかぁぁーっ!!」
東門からルークが姿を現すと、観客席が沸いた。
長い髪を後ろで縛った無骨な面持ちの男である。右手にオーソドックスな長剣を手にし、体を鎧で覆っている。
クロノとルークは互いに前へ歩いていき、審判を間に挟んだ位置で立ち止まった。
「あの兄ちゃん、無事に帰れりゃいいけどなぁ」
観客席で心配そうな視線を送るシャルの後ろから、先程の守衛が声をかけてきた。
「……それって、どういうこと?」
シャルが聞く。
「王者ルークの剣は、呪いの魔剣でなぁ。過去に七人もの闘士を再起不能にしている。相手が弱けりゃ、その力を使うこたぁないが、あの兄ちゃんはなまじ強いばかりに、手加減はしてもらえないだろうな」
「そんな……!」
シャルの顔にみるみる不安が広がっていく。
元はと言えば、シャルが立ち入り禁止の通路に勝手に足を踏み入れたのが発端なのだ。
「ディノスを倒して、飛び入り参加だそうだな」
対峙したクロノへ、ルークがそう口にした。
「それほど俺と戦いたかったのか」
「正確に言えば、そういうわけではない」
一瞬、ルークは眉をひそめる。
「ならば、金か」
「友達になりたい者がいるのだ」
ムッとしたようにルークはクロノを睨みつける。
「ふざけているのか?」
「金も、強さも、王者の地位も、友達に比べれば些末が過ぎる。俺にとってはな」
「……よくわかった」
クロノを見限るような冷めた表情だった。
それを合図にするかのように、審判の男が大きく手を振り上げた。
「それでは、クロノ・グランベフィウス対ルーク・アビデーッッッ!!! 戦闘ォォォォ開始ィィィっっっ!!!」
間髪を容れずに動いたのは、王者ルークだ。彼がその長剣を掲げると、禍々しき蛇のようなオーラがまとわりつく。呪いの魔剣の力が発動したのだ。
「確かに我ら闘士は日陰者! だが、この戦いに誇りを持っている! それを侮辱する輩は、何人たりとも許しはしない!!」
「それは誤解だ」
「今更、吐いた唾は飲み込めぬぞっ!!」
ルークは蛇の魔剣を横薙ぎに振るった。
その剣筋はまさしく無数の蛇が蛇行するかの如く、うねうねとした軌跡を描き、一斉にクロノに襲いかかった。
回避する隙間など微塵もなく、全ての斬撃がクロノに直撃する。
そして、蛇の魔剣が砕け散った。
「なっ……!!?」
無残に破壊された自らの愛剣と無傷のクロノを見て、ルークは目を丸くする。
「誤解を解いておきたい。賭博にすぎないお前たちの戦いよりも、友達の方がずっと素晴らしく、誇るべきものだ」
一瞬、ルークはきょとんとした。しかし、次第にふつふつと怒りがわいてくる。
「……貴様ぁっ!!! そんなものと我らの誇りを――」
ドゴォォッと岩をぶち抜いたような音とともに、クロノの拳がルークの腹部に突き刺さっていた。
「がっ…ぁ……はっ……」
彼の口から血がどっと吐き出される。
クロノはルークの体を軽く持ち上げていた。
「そんなもの?」
クロノの冷たい視線が彼を射抜く。
込められたのはほんの僅かな怒気、だがそれだけで彼は体の震えが止まらなくなった。
格が違う。そう一瞬でルークは理解させられたのだ。
「お前にも友達がいるだろう。それが、そんなものか?」
「あ……それ、は…………」
ルークは意味がわからなかった。先程まで甘いことを言っていた世間知らずの学生が、豹変したのだ。
(こいつ……急になんなんだ? イカれてやがる……)
気に入る答えを口にしなければ殺される。彼はそんな風に思った。
「と、友達の闘士もこの戦いに誇りを持っているんだ。だから、侮辱されて腹が立った」
「なに?」
クロノの眼光が一段と鋭くなった。凄まじいまでの殺気に、ルークは呼吸さえもままならなかった。
(だ、だめか……)
恐怖のあまり、彼は目を閉じた。
「お前は友達思いなのだな」
クロノはそっとルークを下ろす。
彼はがくがくと足が震えてしまい、立っていられずにその場に倒れ込んだ。
「勝負ありぃぃっっ!!! 勝者ぁぁぁぁぁぁ、クロノ・グランベフィウスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!」
審判の勝ち名乗りとともに、割れんばかりの歓声が観客席から上がった。ルーキーの大金星だ。地下闘技場では、年に一度あるかないかの大熱狂が渦を巻いていた。
「クロノ君っ!!」
シャルが観客席から飛び降りてきて、クロノのもとに走ってくる。そうして、勢いのまま抱きついた。
「すごいじゃんっ、クロノ君っ! 王者を倒しちゃうなんてっ! なんで? どうしてそんなに強いの?」
「哲学的な問いだな」
「え?」
意味がわからなかったか、シャルは不思議そうな顔をした。
「今のうちに出よう。立ち入り禁止の場所にいたことを、蒸し返されても困るだろう」
「あ、そうだよね」
シャルとクロノは西門の方へ向かう。だが、途中でシャルは立ち止まった。
「ごめん。クロノ君、一分だけ待ってくれる?」
「大丈夫だ」
シャルは、倒れているルークのもとに駆け寄ると、なにやら話しかけている。しばらくした後、またクロノのもとへ戻ってきた。
「お待たせ。行こー」
二人は酒場を後にして、帰路についたのだった。




