§.3 【四王会議】
深い闇に覆われた部屋だった。
中央にある巨大な円卓にだけ、灯りが当たっている。
席は四席。
座っているのは獅子の皇帝ランデューク・ディルフォワード、その宿敵、魔神王ゴルロアーズ。
そして、もう二人。
一人目は始まりの教皇ソル・ハルケマス。厳かな金の刺繍が施された法衣に身を包んだ美青年だ。
二人目は白の竜王アガド・ヴォーザー。竜を模した全身鎧を纏った男である。
「獅子の皇帝、始まりの教皇、魔神王、白の竜王。天地が割れたとて交わらぬと評された我ら四人が、彼の虐殺王に対抗するために結成した世界最大の軍事同盟! その名も、四王会議である!」
獅子の皇帝ランデュークは、魔法通信にてロータスにそう伝えた。
「この円卓の間は、時間の流れが止まった超魔法空間だ。虐殺王の思惑は、四王会議の叡智を結集して見抜いてみせよう」
円卓の間で数時間が経過したとて、外では一秒も経っていない。無論、コミュニケーションをとるための調整も可能だ。これにより、四王会議で熟考した結果を、ロータスを通じてクロノに話すことができる。
「さて、諸君の見解を聞こう」
ランデュークが言う。
円卓の間は、異様な緊張感で張り詰めている。各々が宿敵同士の四者だ。四王会議の場でなければ、とっくに殺し合いが始まっていただろう。そんな重苦しい空気の中、最初に口火を切ったのは、始まりの教皇ソルである。
「俺はクロノ・グランベフィウスだが、虐殺王ではない――ですか。長く生きていると、時折、こういう不可解な謎解きを迫られるものですね」
ソルは余裕の笑みをたたえている。
「しかし、おりましたよ。かつて、似たようなことを申した者が」
「なに?」
彼の言葉に、ランデュークが反応を示す。
「あれは七〇〇〇年前でしたか。トッティという小国に、風変わりな王ゲオルグがいました。彼の逸話は数多くあります。たとえば、ある晴れた日のこと――」
「くどい」
険のある声で口を挟んだのは、白の竜王アガドだ。
「年寄りの長話につき合うほど暇ではないよ。聞きたいのは、虐殺王の真意だ」
アガドの態度がかんに障ったか、ソルは鋭い視線で彼を睨みつけた。
「相も変わらず、浅はかな男ですね。その真意の根拠を説明しているのではありませんか。結論だけ口にしたところで、なにを突拍子もないことを、と笑いものにされるでしょう。学のない野蛮な竜のように」
ダガッと円卓に拳がめり込んだ。
全身鎧の内側からアガドの殺気だった目が暗く光を放っている。
「おりもせん神の存在をでっちあげ、信徒を集めている輩がよく言うものよ」
「なるほど。それは神への冒涜ですか?」
両者の視線が激しく火花を散らす。まさに一触即発であった。
「そこまでだ!」
間に割って入ったのは、ランデュークだ。
「教皇ソル、私も竜王アガドに賛成だ。結論を聞かせてもらいたい。有史以前から生き続ける奇跡の教皇の言葉ならば、どんな突拍子もないことだろうと決して間違いはあるまい!」
力強く、ランデュークは言い切った。
「……そうですか」
ソルの表情が僅かに穏やかになっている。多少、機嫌を直したようだ。
「それで、虐殺王の真意とは?」
「簡単なことですよ」
涼しげな表情で、ソルは説明する。
「あの御方は、虐殺王という異名がダサいとお思いなのです」
「は?」
思わず、ランデュークから素の声が漏れた。
「なるほど。つまり、こういうことか」
それまで、会議を静観していた魔神王ゴルロアーズが、初めて口を開いた。
「彼の王は、自らに相応しい偉大な二つ名を求めている」
「偉大な……二つ名……?」
意味がわからない、という顔でランデュークはゴルロアーズを見た。彼は真剣そのものだ。かつて戦地で配下を引き連れ、先陣を切った時と同じ表情をしている。
「貴様にはわからぬだろうがな、人間。名は重要なのだ。余とて、この魔神王という名に行き着くまで、数千の案を出させ、配下に八つ当たりし、故郷を幾度も燃やした。危うく国が滅びかけたわ」
「滅んでしまえ、そんな国は」
ランデュークは思わず本音を漏らした。
「貴様……それは命名のために死んでいった二〇一七名に対する侮辱か? 死者を冒涜するのが人間の流儀のようだな」
「殺したのはお前だろう」
まっすぐな正論がゴルロアーズを襲う。
「お二方とも、低次元の言い争いはそれぐらいにしてください」
ソルが仲裁に入り、続けてアガドが言った
「ゴルロアーズの意見には一理ある。強者が偉大な二つ名を求めるのはままあることよ」
「……馬鹿なっ……!」
信じられないといった表情でランデュークはアガドたちを見た。
「全知全能なのだぞ、虐殺王はっ! 偉大な二つ名の一つや二つ、自ら思いつくに決まっておろうっ!!」
「フハハハハハ、傑作ではないか、ランデューク。愛だの勇気だのと日頃から宣うわりに、貴様は心がわからぬのだな」
そう笑い飛ばしたのは魔神王ゴルロアーズだ。
「自分で名付けておいて、なにが偉大な二つ名だ。こっぱずかしくて、寒気がするわ」
「……ぐっ……!」
ランデュークはゴルロアーズを睨んだものの、すぐに反論は出てこなかった。一理ある、そう思ってしまったのだ。
「二つ名とは、他者が勝手に呼ぶからこそ意味があるというもの。ならば、彼の王がノワール学院を訪れたのも道理よ」
アガドがそう結論づける。
「では、さっさと貴様らも考えよ。彼の王が気に入る二つ名をな」
「まるで自分は考え終わったかのような口振りだな、ゴルロアーズ」
「混沌より来たりし全知全能の殺戮に興じる王」
「……なにっ?」
ランデュークの疑問に答えるように、改めて魔神王ゴルロアーズは言った。
「混沌より来たりし全知全能の殺戮に興じる王だ」
「…………」
ランデュークは眉をひそめた。彼は元々、二つ名を求める気質ではない。その名の良し悪しを計りかねているのだ。
しかし、そうはいっても思うところが一つある。
「長い。その上、痛い」
「……なんだと?」
苛立ったようにゴルロアーズはランデュークを睨めつける。
「悪いが、そんな若気の至りで考えたような痛い二つ名に、世界の命運は託せない。そもそも、命乞いをする時のことを考えてみるのだな。混沌より来たりし全知全能の殺戮に興じる王よ、どうか命だけは――とでも言うつもりか? 名を呼んでいる間に殺されるだろう」
「侮るなよ、人間っ……!!」
逆鱗に触れたとばかりに、ゴルロアーズの全身から殺気が放たれる。
「もしも、彼の王がこの名をただの一文字でも気に入らないというのならば、この魔神王ゴルロアーズの命をくれてやるっっっ!!!」
「な……!」
これにはさすがのランデュークも、黙らざるを得なかった。
「……こ、この痛い二つ名に……そこまでの自信があるというのか……」
「しかし、ランデューク皇帝の申すことも一理ありますね」
ソルが言った。
「ノワール学院に入学した後、その二つ名で呼ばれ続けるのも冗長といえば、冗長でしょう」
「入学? 虐殺王が?」
ランデュークが首をひねる。
「そうでしょう。わざわざ、面接試験を受けにいらっしゃったのですから」
「……確かに……言われてみればそうなのだが……」
腑に落ちないといった表情で、ランデュークが考え込む。
「なぜだ? 全知全能であらせられる虐殺王が、なぜ入学する必要があるのだ?」
その問いに、ソルも、アガドも、ゴルロアーズも、初めて気がついたといった様子だ。
「必要は……ありませんね。彼の王に学ぶことなどないのですから」
「つまりは、学びが目的ではないということよ」
アガドが言った。
「我らは大きな考え違いをしていたようだ」
そう口にしたのは、魔神王ゴルロアーズだ。
「俺はクロノ・グランベフィウスだが、虐殺王ではない――この言葉の真意は、偉大な二つ名が欲しいということではなかった」
「では、なんなのだ?」
ランデュークが問う。
「クロノ・グランベフィウスは虐殺王ではない――つまり、彼の王は、自らの正体を口外するなと仰せなのだ」
「……なんのためにだ?」
「そこまではわからぬよ。だが、わざわざ正体を隠し、一生徒になりすまそうというのだ。あの全知全能の王がだ。人知を超越した、極めて恐ろしいなにかが始まろうとしているのかもしれぬ」
「なにか、とは?」
一瞬、ゴルロアーズは返答に詰まった。
彼はこの場にいない虐殺王に畏怖するような顔で、言ったのだ。
「御計画を立てられていらっしゃるのでは、ということだ」
「……ごっ………………………………………………御計画を……」
ゴルロアーズと同様に、ランデュークもまた目を見張り、唇を震わせ、顔面を蒼白にして、ようやく声を絞り出した。
「全知全能のあの御方が、準備をしなければならないことだとすれば、あの大虐殺以上のことが……ノワール学院で想像を絶する事態が今まさに起きようとしている……」
「今は彼の王の言う通りにする他あるまい。その上で、どんな御計画なのかを探るのだ」
ランデュークが、ソルとアガドに視線を配る。彼らはうなずき、同意を示した。
「この場に集ったのは、世界最高峰の知識と知恵。我ら四王の叡智ならば、虐殺王の全知に勝るとも劣らない!」
自らを奮い立たせるようにランデュークが言った。
「ロータス。結論が出た。クロノ・グランベフィウスを入学させるのだ。ただし、彼を決して虐殺王として扱うな。誰にも気がつかれてはならん」
ランデュークがそう魔法通信を送る。
その声はノワール学院の学院長室にいるロータスの耳に直接響いていた。
「く、く……クロノ・グランベフィウス君……!」
ランデュークの命令を受け、怯えながらもロータスはそう彼を呼んだ。
君付けなどをして、もしも虐殺王の機嫌を損ねれば、死は免れない。だが、今は四王会議の結果を信じるしかなかった。
「合格です……君をノワール学院の生徒として迎え入れましょう……」
耐えきれず、ロータスは両眼をつむった。次の瞬間には、八つ裂きにされる。そんな予感が頭をよぎっていた。
「ありがとうございます」
目を開ければ、クロノが頭を下げていた。
ほっと、ロータスは胸を撫で下ろした。
「め、面接は以上です」
「では、失礼します」
踵を返し、クロノは学院長室を出ていった。
ドアが閉められると、ロータスは腰を抜かしたようにその場に尻餅をついた。
「……助かった……」
精根尽き果てたように、彼はそう言葉を漏らしたのだった。




