§.2 【世界の命運は面接に】
ノワール学院。学院長室。
「はい……はい……転入生、でございますか? 確かに、これから一名面接が入っておりまして……名前……?」
学院長のロータスは魔法通信を行いながら、提出された書類を机の引き出しから取り出した。
「ええと、クロノですな……クロノ・グランベフィウスと」
「これは国家機密だが、その少年は虐殺王だ」
「なっ、ぎゃ、虐殺王ですとっ!?」
魔法通信から聞こえてくる獅子の皇帝ランデュークの言葉を聞き、ロータスは狼狽した。
「あ、あの……伝承によれば、全知全能の……?」
「そうだ。あの全知全能の虐殺王だ」
ごくり、とロータスは唾を飲み込んだ。
それは自身が一生関わることがないだろうと思っていた雲の上の男だった。聞かなければならないことが多くあったが、ガタガタと体が震えるばかりで、言葉がなにも出てこない。
「どうにか穏便に事を済ませてほしい。そして可能ならば、ノワール学院を訪れた真意を聞き出すのだ」
「そ、それは……その……」
「くれぐれも虐殺王の機嫌を損ねるな。下手を打てば、かつて世界人口の七割を奪った大虐殺が再び起きよう」
「む、む……無理でございますっ……!!」
重圧に耐えかねたといった風に、大の大人であるロータスが今にも泣き出しそうな声を上げた。
「そのようなことっ! 一介の学院長である私には、大役がすぎますっ!」
「ロータス学院長」
狼狽えるロータスを、窘めるようにランデュークが言った。
「虐殺王はそなたに会いに来たのだ。別の者に代われば、機嫌を損ねる。そなたしかいないのだ」
「うぅ……あ、いや、しかし――」
その時、コンコン、とノックの音が鳴った。
それが死神の足音にでも聞こえたか、絶望的な表情でロータスはドアの方向を振り返った。
「世界の命運はそなたに託された」
ガチャ、とドアが開き、白髪の少年クロノが室内に入ってきた。
彼が一歩を刻む度に、ロータスの心臓が激しく脈打つ。もうこのまま心臓が止まってしまうのではないかと思うほどだった。
クロノは立ち止まると、一泊置いた後、口を開いた。
「クロノ・グランベフィウスです」
「よ、ようこそ、いらっしゃいました!!」
ロータスは気持ち悪いぐらいの作り笑いを浮かべた。必死だった。この笑顔に世界の命運が託されている。それぐらい気迫のこもった作り笑いだ。
「ささ。どうぞ、こちらへお座りくださいませ」
そう促され、クロノは来客用のソファに着席した。
すると、ロータスは棚からなにかを持ってきた。グラスとワイン、そしてチョコレートだ。
「ぶどうとカカオが、この中立都市コルンツェルの名産でございましてね。特に今年のものは出来がよろしゅうございます。コルンツェルでも有数のワイナリーとショコラティエに作らせた秘蔵の一品でございます。クロノ様のお口に合うとよろしいのですが……?」
顔に滲む滝のような汗を拭いながら、ロータスはグラスにとくとくとワインを注ぎ、皿に盛ったチョコレートと一緒に差し出した。
クロノはその二つに視線を向けて、こう言った。
「あなたはなにか勘違いをしているようですね」
「え……! あ……! う……!!」
ロータスが絶句する。
(お、お気に召さない……!? ワインは間違いなく最高品質、チョコレートに至っては今朝作りたての物が届けられている……!! なにがお気に障られたというのか……!? いったい、なにが……!?)
満面の笑みに滝の汗を流しながら、ロータスは思考を巡らせる。
(恐らくは、俺を面接を受けにきた受験生じゃなくて、地元の有力者かなにかだと勘違いしているのだろう)
クロノは真顔でそんなことを考えていた。面接を受けにきて、ワインとチョコレートを出されては無理もない。
「……か、勘違いとおっしゃいますと……?」
「こう言えばわかるでしょう。俺はクロノ・グランベフィウスです」
「がっ……!!!」
改めて名乗れば、受験生だと気がつくとクロノは思った。しかし、ロータスは恐怖のあまりに呼吸すら忘れ、全身を硬直させている。
(お、お怒りであらせられる……! 俺は全知全能の虐殺王だ。皆まで言わせるな、と……!! それぐらい察しろと仰せなのだ……!!)
(む? この反応は、なにか手違いでもあったか?)
そうクロノは察して、気遣いからこう聞いた。
「わかりませんか?」
「わかりますわかりますわかります! よーくわかりましてございますっ!!!」
人類とは思えないほどの速度でうなずいて、力一杯、ロータスは言い切った。わからないとは、口が裂けても言えなかったのだ。
「でしたら、始めましょうか」
「はい!」
これ以上ないほどの笑顔でうなずいたロータスは、しかし内心、困惑に満ちていた。
(始める!? わたくしが? なにを!?)
そう、彼はわかっていない。
だが、聞けない。今更聞けないのだ、ロータスは。聞いてしまえば、なにも理解していなかったことがバレてしまう。
ゆえに彼に許された選択肢は一つだけ。すなわち――
(察するしかない……!!)
とはいえ、あまりにも情報が少ない。なにせ、ロータスは今日の今日まで、虐殺王の本名すら知らなかったのだ。
(かくなる上は、曖昧な会話をして、真意に迫る。わたくしとて、口八丁でこのノワール学院の学院長にまで上りつめた男。腹をくくるのだ、ロータス!!)
そう己を鼓舞して、彼は死地に飛ぶ込むような気持ちで口を開く。
「実はその……こういうことはわたくしも初めてでございまして」
「学院長なのにですか?」
「う……!」
クロノの冷静な指摘に、ロータスは早くも崖っぷちだった。
(まずい……怪しまれていらっしゃる……!! いったい、なんなのだ? 学院長が始めるものとは? 冷静になれ。わかるはずだ!)
しかし、ロータスが冷静さを取り戻すより先に、クロノは言った。
「大丈夫です。俺も、緊張しています」
「……なぁ……っ!!! あなた、様が……緊……張……!!!!?」
場を和ませるためのクロノの気遣いであった。しかし、それがロータスの冷静さを根こそぎ奪い、不安の真っ只中に突き落とした。
(全知全能をもってすら、緊張するほどのものを……わたくしは始めさせられようとしているのか……!!)
そう思ってしまうのも、無理からぬことではあった。
「だが、すぐに慣れるのではないですか」
「そんなにっ……!!??」
「そんなに?」
「ああ、いえ、こちらの話しで……」
思わず叫んでしまったロータスは、慌てて取り繕った。
(始めさせられるだけではなく……慣れさせられてしまう……!? 帰れるのか!? 彼の王の言わんとすることを察したところで、わたくしは本当に生きて帰れるのか……!?)
最悪の結果が頭をよぎるも、頭を振って、それをはね除け、ロータスは前を見据えた。
「ま、まずは、なんのために……というのをお伺いしても……?」
「動機ですか?」
「は、はい」
(志望動機か。本当のことを言っても落ちるだろう。ここは堅実にいく)
とクロノは考えて、
「ノワール学院では珍しい魔法実験が盛んに行われていると聞きます。俺もここで、やったことのない実験をしてみたいと思っています」
「……や、やったことのない実験……」
ゴクリ、とロータスは唾を飲み込んだ。
(まさか……!?!? まさかまさかまさか……!?!?)
ロータスは思い切って、こう切り出した。
「人体実験、とか? なーんちゃって」
「違法ですからね。ルールを破るのは好みません」
「でございますよねぇ! あははははは……はは……は……?」
ロータスの笑顔が途端に引きつった。
クロノの表情は真顔そのものだったのだ。
(笑っていらっしゃらない……? この目……気がつかれているのか? この中立都市コルンツェルで、違法な人体実験が行われていることに……)
ロータスは極めて慎重に、確かめようとした。
「そ、その件……ご存じでいらっしゃいましたか……?」
「コルンツェルのことは調べました」
クロノは受験する学院がある都市のことを調べたと言っているに過ぎない。だが、ロータスにはまったく違う意味に聞こえた。
(全知全能であらせられるのだ……知らないわけがない……)
「多くの種族が一同に学ぶ授業にも興味があります。ぜひ、沢山の学友を作りたい」
「そっ……! そこまでご存じでいらっしゃるのですかっ……!?」
「ロータス学院長。あなたのこともよく知っています」
「な…………!!」
ロータスは絶句した。
(……生徒を人体実験のモルモットにしたことだけではなく、わたくしが魔神王の配下であることまでお見通しとは……)
つまり、ロータスは魔神王がノワール学院に送り込んだスパイなのだ。もしこのことを獅子の皇帝に知られれば、彼は破滅だ。
「……さ、さすがは全知全能の虐殺王であらせられる……」
ロータスが感嘆の声を漏らすと、「ああ」とクロノはなにかを悟ったようだ。
その瞬間、雰囲気が変わった。先程以上の重圧が、ロータスの身を押し潰そうとしていた。
「俺はクロノ・グランベフィウスだが、虐殺王ではない」
「…………」
ロータスは困惑の色を隠せなかった。クロノの言ったことの意味が、まるで理解できなかったのだ。
(どういうことだ? クロノ・グランベフィウスだが、虐殺王ではない? 今度はなにを察しろというのか……?)
「わからないならいい」
「なっ……い、いえっ……そのようなこと、は……!!」
諦めたようにクロノが言うと、ロータスは慌てて食い下がった。
(まずい……! このままでは……見限られてしまう……!! だが、だが……だが……! わからない……!!!)
「焦る必要はない」
ロータスの耳に、魔法通信が入った。獅子の皇帝だ。
「どうにか準備が間に合った」




