§.エピローグ【友は一日にして成らず】
ノワール学院。第八教室。
ドアを開き、クロノが中へ入ると、「あ」と嬉しそうな声が上がった。
「クロノ君、おはよー」
自席からシャルが手を振っている。隣の席にリュカが座っていた。
「おはよう」
クロノは二人のもとまで歩いていく。
「昨日、クロノ君気がついたら先帰ってたじゃん。なんで声かけてくれないの?」
ふてくされた表情でシャルは言った。
「シャル。一つ尋ねたい」
深刻な顔つきで、クロノは聞いた。
「まずかったか?」
あまりに迫真の表情だったので、あははっとシャルは笑ってしまう。
「そんな顔しなくてもいいじゃん。ちょっと寂しかっただけだし」
「なるほど。命拾いをした」
ほっとしたクロノを見て、シャルは嬉しそうに目を細める。
「そうだ。まだちゃんと紹介してなかったよね」
と、シャルは隣にいたリュカの腕にしがみつく。
「アタシの親友リュカ。可愛いでしょ」
クロノがリュカを見る。彼女は言葉を待つように、意味ありげな視線を向けてきた。
「同じクラスになったな」
「そこは可愛いって言うところじゃないんですか、お兄さん?」
「……え? あれ?」
不思議そうにシャルは、クロノとリュカを交互に見た。
「褒め言葉ではないだろう。可愛いは――」
「作れますからね」
微笑しながら、リュカが言った。
シャルの視線が怪訝なものに変わっていく。
「生き返ったことだ。協力してもらえるか?」
「協力? ああ……」
納得したといったようにリュカはちらりとシャルを見た。
「奇跡的に生き返った人にやらせることなんですか?」
「それより重要なことはないのだ」
「お兄さん的にはそうですよね」
じとーっとシャルが二人に視線を送っている。
「ねえ。知り合いだったの、二人?」
低い声でシャルが問う。
「一応、そうなりますね」
「だって、会えなくない? 一年間死んでたじゃんっ」
「だから、一年前に会ったんですよ」
リュカの説明に、シャルは困惑した。
「リュカの話ししたとき、クロノ君、知らない感じだったじゃんっ」
「気になったから、過去に会いに行った」
「過去? そんなに気軽に行けるの?」
「気が向けば行けるのだ」
すると、シャルは頬を大きく膨らませた。
「なにすねてるんですか?」
「だって、クロノ君、アタシの過去には会いに来てないじゃんっ」
ビシィッとシャルがクロノを指さす。しかし、当の彼にはよく意味が伝わらなかった。リュカでさえもよくわかっていない。
「まずいか?」
「まずいっていうか……だって……ずるいじゃん……アタシが先に会ったと思ったのに……」
小さな声で、すねたように彼女は言った。
くすくすっとリュカが笑う。
「なに、リュカ。なんで笑うの?」
「いいえ、なんでもありません」
「えー、感じ悪いじゃんっ。言って言って。なんで笑ったの?」
「シャルは可愛いですよね」
「もぉーっ、ママ嫌いっ」
ぷいっとシャルはそっぽを向いた。
その隙に、リュカはクロノに小さく手招きする。クロノが顔を寄せると、彼女は耳元で囁いた。
「シャルはお兄さんと仲良くしたいみたいですよ?」
クロノはうなずく。
(今が押し時ということか)
そう彼は解釈し、すぐさま実行に移す。
「シャル」
彼女が視線だけをクロノに向ける。
「ふーんだ。クロノ君はリュカと遊んでればー」
「大事な話がある」
「え? ……は、はい」
いつになく真剣なクロノの表情を見て、シャルは妙に緊張してしまった。
「初めて会ったときから、ずっと思っていたのだ」
「……はい……」
普段通り返事をしたつもりのシャルだったが、声は消え入りそうなほどか細かった。
(どうしよう……! これ、きちゃった……? きちゃったよね……きちゃったじゃん……!)
内心パニック状態の彼女は、頬を朱に染めながら、次の言葉を待つ。心臓の音が相手に聞こえるかと思うほどだった。
「お前と友達になりたいのだ」
「………………………………………………………………………………え?」
「む?」
クロノの表情が疑問に染まる。彼は頭を高速で回転させ、そして一つの答えに辿り着いた。
「違うか。もう友達だったな」
珍しく爽やかな笑みを浮かべて、クロノは言う。
「あー……えっと……」
シャルは俯き、顔を背ける。
「クロノ君とは、そういうんじゃないかな……」
「な…………に…………?」
予想だにしない答えに、クロノは途方もない衝撃を受けていた。
(あ。シャルって、お兄さんのこと……)
恥ずかしげな表情のシャルを見ながら、リュカは思案するように口元に手をやった。
(困りましたね。友達から恋人になれない派ですから……)
「理解した。だが、振り向かせてみせる。俺は必ず、お前と友達になる。必ずだ」
力強いクロノの台詞に、シャルは悔しそうに睨んできた。
「あの、お兄さん、ちょっといい?」
リュカが立ち上がり、強引にクロノの手をとった。
「シャル。ちょっと待っててくれます――」
「あ、アタシッ、絶対、クロノ君とは友達にならないからっ!」
唐突に言い放ち、シャルは立ち上がると、そのまま勢いよく教室の外へ走り去っていく。
「フラれたようだ」
「んー、ちょっと違うんですけどね」
「なにが違うのだ?」
「んー」
と、リュカは考え込む素振りをみせる。シャルがクロノと友達になるのを拒否したのは、彼への好意ゆえなのだが、それを自分が説明するのは筋違いだと思ったのだ。なにか、上手い言い訳はないかと考えた末、
「また頑張ればいいじゃないですか」
彼女は説明することを諦めた。
「そうだな。俺も、そうやすやすと友達ができるとは思っていない。だが、卒業するまでには必ず成し遂げてみせる。待っていろ、シャル・アーリアン」
気の長い話である。だが、本気なのだ。
それぞれの種族の頂点に立ち、大軍を率いる四王でさえも、恐れおののく全知全能の虐殺王クロノ・グランベフィウス。過去へ自由に行き来し、死すら容易く覆すこの御方といえども、恋する少女の心はわからないのだった。
これにて、一章は終わりです。
また二章を書きますので、今しばらくお待ちいただけましたら幸いです。




