§.25【全知法廷②】
一瞬、執行者が絶句する。骸骨の顔に表情はないが、ぎこちなく動いた指先が動揺を明らかにしていた。
「……どういうこと? クロノ君?」
ゆっくりと身を起こしながら、シャルが言った。
杭が砕け散ったことで、彼女の傷が少しずつ治癒していく。通常の刃物に比べれば治りは遅いが、命に別状はないだろう。
「さっきまでの場所が、全知法廷じゃなかったの?」
「紛い物だ。証拠を見せてやろう」
クロノは言った。
「全知法廷の証言台を」
中央の床がせり上がっていき、広い壇を形成した。そこが証言台である。
「リュカに容疑がかけられた、神父殺しの真相を知る証人を召喚する」
「証人? そんな人、どこに……?」
「過去だ」
証言台に無数の光る文字が刻まれた。文字は宙に浮かび上がり、人を象った。すると、次第にそれは本物の人に変わっていく。リュカ・エンディミオンだった。
次に光る文字は牢獄を形成する。彼女はそこに座り込んでいた。
「……リュカ……」
死んだはずのリュカが、生きて動いている。それだけで、シャルの瞳がうるんだ。
「まやかしだ。あくまで、リュカ・エンディミオンとそっくりの人型を作ったにすぎない。これが過去だという証拠がどこにあるというのか?」
執行者がそう指摘する。
すると、クロノはリュカの頭を指さした。
「その髪留めは、リュカの形見として今はシャルがつけている」
「……なんで知ってるの……? そんなこと……」
形見のことは、クロノに話したことがない。シャルが驚くのも無理はないだろう。
「干渉してみるといい、執行者」
「…………」
執行者は指を伸ばし、魔法陣を描く。
「こんなことで」
すると、リュカの髪留めが光り輝き、星形に変化した。それに連動するかのように、魔法を使っていないシャルの髪留めがまったく同じ星形に変わる。
「嘘……」
「お粗末だな」
執行者が嘲笑うかのように言った。
「リュカ・エンディミオンの髪留めの変形に合わせて、なんらかの魔法で形を変えているにすぎない。シャル・アーリアン、その髪留めの中を開いてみろ」
「中? 髪留めだから、中なんてないけど……」
「その通りだ。だが、リュカ・エンディミオンの髪留めは開くように我が変化させた。そこに入れたのは、我の瞳だ」
執行者の頭部は骸骨だ。その瞳は光を放っていたが、確かに今は右目の光が消えている。
「外見だけを真似したようだが、それではとても過去とは――」
「あ、開いた」
シャルが髪飾りを開く。中から出てきたのは光り輝く執行者の瞳だ。クロノはそれをシャルから受け取った。
「正真正銘、お前の瞳だ」
クロノがぐっと瞳を握りしめる。
「があっ!! ぐあああああああああああああああああああああっ!!!!」
執行者が空っぽの右目を押さえながら、悲鳴を上げた。彼が瞳を入れたのは、確かに証言台にいるリュカの髪飾りの中だ。それがシャルの髪飾りから出てくるということは、紛れもなく、証言台が過去である証明だった。
「……馬鹿な……! こんな……! こんなことが……!」
信じられないといったように、執行者は証言台のリュカを見た。
クロノは瞳を執行者に向かって放った。
「覚えているか、執行者。一年前、死刑執行の日、リュカになにが起きたのか」
「…………」
執行者は答えない。しかし、残った左目がわなわなと震えていた。
「言葉は不要だ。証言台が真相を語る」
カツン、カツン、と足音が響く。それは一年前の足音だ。証言台の牢獄へやってきたのは、法服を纏った長い髭の老人だ。
「……おじーちゃん……!? なんで……」
シャルが驚きの声を漏らす。リュカの前へ立ったのは、法賢者ミシェルなのだ。
彼は座ったまま微動だにしないリュカをじっと見つめている。
「……時間ですか?」
「取引をせんかのう?」
リュカはそこで初めてミシェルの顔を見た。すぐに目を伏せて、口を開く。
「良い話とは思えません」
「少なくとも、お主の命は助けられるじゃろう」
「……なにをすればいいんですか?」
冷めた口調でリュカは問う。
「聖女だ。シャル・アーリアンを操ってもらう。真祖ならば、眷属に言うことを聞かせるぐらいは容易いじゃろう」
「そうでしたか」
全てを理解したといった風に、リュカは言った。
「法賢者ミシェル。あなたが、オラン神父を殺害した犯人ですね」
一瞬面を食らったような顔をした後、ミシェルはすぐに唇を吊り上げる。おぞましさを感じるほどの、利己的な笑みだ。
「そうじゃ」
ミシェルはあっさりと肯定した。今更、知られたところでリュカには最早どうすることもできない。その事実を突きつけるために、あえて自白したのだろう。
「どうして、法の番人であるあなたが、自らコルンツェルの法を破れるんですかっ? この都市は法をなによりも尊ぶから、色んな種族が友達になれるはずでしょうっ!」
憤りをぶつけるようにリュカはミシェルを睨みつけた。
「法の番人? 友達? そんなものはまやかしじゃ。獅子の皇帝はこの都市をそんな理想郷にするつもりはないし、他の四王もここに手勢を送り込んでおる。偉大なる我らが魔族の神、魔神王ゴルロアーズ様ものう!」
ミシェルは魔法陣から杖を取り出す。そして、牢獄の床をコツンと叩いた。ドゴオォォッと石の床をぶち破り、地中から姿を現したのは異形の魔族である。
分厚いに肉体は、漆黒の鱗に覆われている。頭には髪の代わりに無数の触手が蠢いており、大きな口からは鋭い牙が覗く。
見たことのない魔族だが、部分部分には既視感があった。
「……混ぜたんですか、魔族を……!?」
嫌悪するような目でリュカは言う。
「それがのう。よう混ざらんのじゃ。魔族だけでは」
思わせぶりなミシェルの言葉に、リュカは瞬時に悟った。
「あなた……まさか……!?」
「人間もじゃ。強い魔力を持つ人間は、魔族同士を混ぜ合わせるつなぎにちょうどええ。しかし、足りなくてのう。もっと強靱なつなぎがあれば、無限に魔族を混ぜることができる」
「わかりました。あなたがシャルを狙う理由が」
くっくっく、とミシェルが笑う。
「魔神王様はこうおっしゃった。万能生物を作れ、と。シャル・アーリアンの聖女の力、それがあれば、可能なのじゃ」
「よかったですね」
リュカの体が赤い霧に変わっていく。
「逃がさんっ!」
異形の魔族が頭の触手をリュカに向かって勢いよく伸ばす。間一髪、完全に霧になった彼女の体を触手はすりぬけ、牢獄の壁に突き刺さった。
「逃げませんよ」
消え去った赤い霧が異形の魔族の後ろに集まり、リュカの体に変化する。彼女は鋭利な爪を伸ばし、異形の魔族の首を刎ねた。
「あなたを捕まえて、冤罪を晴らさないといけませんから」
「できるかのう?」
首をなくした異形の魔族の胴体からにょきにょきと触手が伸びてくる。驚くことなく、リュカはその触手に爪を突き刺そうとして、直前でピタリ、と止めた。
「自分の眷属に」
伸びた触手の先が小さな子どもの魔族に変わっていた。鋭い牙と特別な血を持つ不死身の怪物、ヴァンパイアに。
その上、そのヴァンパイアから、リュカは自らの眷属の匂いを嗅ぎ取っていた。
「……なにを、したんですか?」
「なに、簡単なことじゃ。取り調べの際、お主から血をとったじゃろう。それさえ、あれば眷属ぐらいはいくらでも作れるわい」
眷属が前に出て、リュカをつかみにかかる。
「さあ、できるかのう? 子殺しが」
彼女はその手を咄嗟に避けて、鋭利な爪を振りかぶった。
(わたしの血を引く眷属でも、こんな風に混ぜられたんじゃ自我も与えられてない。なら、せめてわたしがこの手で――)
「――助けて、ママ……」
突き刺そうとした爪を、リュカは再びピタリと止めた。
「嘘だよぉ」
眷属の子どもがそう笑い、爪をリュカの腹部に突き刺した。血がどっと溢れ出す。
「あっ……!」
眷属は元の触手に戻り、リュカの体に巻きついていき、完全に拘束した。
「さて、取引じゃ」
勝ち誇ったようにミシェルが言う。
「この万能生物ヴァルバロッデにお主を混ぜれば、真祖の力が手に入る。時間はかかるがのう。遅かれ早かれ、シャルを操ることはできるわけじゃ」
嘘ではあるまい。リュカの血から眷属を作り出したのだ。リュカ本体の力を取り込むことも容易いだろう。
「ならば、のう? 迷うことはあるまい? 取引に応じれば、お主は死刑を回避できる。お主はコルンツェルの法を守りたいのじゃろう? 法賢者の儂ならば、その法を曲げずに死刑を撤回することができるのじゃ」
「……あなたの片棒をかつげば、結局は法に背きますよ」
ミシェルは首を左右に振った。
「無論、それも問題ないのう。法に抜け穴はつきものじゃ。だからこそ、ヴァルバロッデを作ったにもかかわらず、儂は未だに法賢者じゃ」
そう言われ、リュカは口を閉ざした。
もう後一押しだと解釈したのか、続けてミシェルは言う。
「儂に協力するなら、お主を法賢者にしてやろう」
リュカが大きく目を見開く。
「夢だったのじゃろう。のう? お主が協力してもしなくてもどのみちシャルは死ぬ。お主とて生きるためには仕方がないことじゃ。犠牲が少ない方が、友達にとってもよいことではないか? 聖女と呼ばれるあの娘なら、きっとわかってくれるじゃろうて」
「……聖女、ですか」
ほんの少し、リュカは笑った。
そうして、静かに語り始めたのだ。
「あの子、本当はけっこう泣き虫なんですよ。すぐにすねるし、嫉妬するし、他の人にはいい顔ばっかり見せるくせに、わたしの前では我が儘なんです。それに、聖女なんて呼ばれているのに神様を信じてすらいないんです」
リュカの思惑がわからず、ミシェルは困惑の表情を見せた。
「だから、きっと、怒るでしょうね。本当に困った子……自分勝手で、わたしの気持ちなんかちっとも考えてくれない。まっすぐで、向こう見ずな――」
リュカは僅かに動く頭を動かし、口を開いた。
「――可愛らしいわたしの娘」
真祖の牙が触手に食い込み、血が滴る。
「無駄じゃ。眷属にするつもりじゃろうが、ソレはすでにお主の眷属。吸血したとて、操ることなどできん」
「知っていますか? 真祖のヴァンパイアは皆、血を吸うことで、ヴァンパイアを増やす以外に特別な力を使えるんです」
次第にリュカの体に変化が訪れた。四肢からゆっくりと触手になっているのだ。
「お主、それは……」
「わたしの力は、血を吸った相手の特性を取り込むこと。ただし、取り込む血は数滴でなければいけません。それ以上吸ってしまうと、ヴァンパイアの特性も上書きされて、吸血能力すら失ってしまいますから」
ミシェルははっとした。
(数滴? いや、この女……先程、ヴァルバロッデでから吸った血は、ゆうに数滴など超えて――)
リュカの全身が蝕まれるようにみるみる触手と化していく。万能生物ヴァルバロッデは、様々な魔族、人間を混ぜている。しかし、一つの種族というわけではなく、本来バラバラのものを強引にまとめているだけなのだ。
つまり、触手の血を吸っても万能生物にはなれない。リュカはただの触手に変化するだろう。真祖の力を全て失って。
「馬鹿な……! 物言わぬ触手に成り果てる気かっ……!?」
「これで真祖の力を取り込んで、シャルを操ることはできません」
リュカの体はみるみる触手と化していき、残すところは胸から上だけとなった。
「ヴァルバロッデッ! 殺すのじゃっ! その女がヴァンパイアの内にっ!」
ヴァルバロッデが五指を構える。そこに暗い魔力が集中した。弾き出されるように腕が伸びて、リュカの心臓を貫いた。
「……シャル……元気でいてくださいね……」
彼女の拘束は解かれ、花が散るようにリュカの体が床に落ちた。
ミシェルが駆け寄り、じっと待った。
「……だめじゃ……最早、ヴァンパイアの力は残っておらん……」
真祖のヴァンパイアは不死の力を持つ。特定の条件を満たさなければ、殺すことはできない。
外見こそ、リュカ・エンディミオンの特徴を残しているが、完全に触手に成り果て、そして死んだのだ。
ヴァルバロッデが頭を拾い、胴体にくっつける。そして、ミシェルを見ると、口を開いた。
「背中……毒」
彼の背中には、血で作られた短剣が突き刺さっている。リュカの仕業だろう。ヴァルバロッデとの戦いの最中、ミシェルにも攻撃を仕掛けていたのだ。
背中の肉が腐ったかのように、どろりと溶け落ちる。
「ふん。愚かな女じゃったのう」
全ての肉が腐り落ちたが、ミシェルは平然とそこに立っていた。
「アンデッドに毒など効かん」
筋肉も臓器もない動く骸骨。それこそが、法賢者ミシェルの真の姿だ。
「え……?」
それまで黙って証言台が語る過去を見ていたシャルが、その瞬間、声を漏らした。彼女は同じく証言台に視線を向けていた、執行者を見た。
まったくといっていいほど同じである。同じアンデッドというだけではない。ミシェルと執行者は、同一人物なのだ。
「嘘だったの……ぜんぶ? あなたが犯人だったのっ!?」
「ふん」
と、執行者――否、ミシェルは鼻で笑った。
「その通りじゃ。お主に近づき、ヴァルバロッデに混ぜ合わせるためののう。あと少し騙されておれば、万能生物が完成したものを」
路地裏で魔族に襲われてみせたのも、地下闘技場の王者に全知法廷のことを話させたのも、法賢者ミシェルの計画だったのだ。
「ま、手間はかかるが、同じことじゃがのう」
ミシェルが自らの法服に手をやり、真ん中から裂いた。剥き出しの奴の体の中には、黒い異空間がある。
そこから、ぬっと頭が這い出てきた。姿を現したのは、異形の魔族――万能生物ヴァルバロッデである。
過去で見たものよりも、二倍近くに成長している。
「ヴァルバロッデは八割がた完成しておるのじゃ。不死身の肉体、天井知らずの腕力、そして無尽蔵の魔力。こと戦闘に限っては、とうに万能じゃ!」
ヴァルバロッデは殺気立った視線をシャルに向けた。
「さあ、シャル・アーリアン。お主を吸収して、捧げるのじゃ。我らが偉大なる魔神王ゴルロアーズ様にっ!!!」
地面を蹴り、ヴァルバロッデはまっすぐシャルに向かって飛びかかった。
「静粛に」
クロノの言葉と同時に、突進したヴァルバロッデが時が止まったように停止した。
「どうしたのじゃ、ヴァルバロッデ。ゆけっ、ゆけいっ!!」
ミシェルの命令で、ヴァルバロッデは思いきり地面を蹴ろうとする。だが、どれだけ力を込めようとも、身動き一つとれない。複数の魔法陣が描かれるも、どの魔法も不発に終わった。
「馬鹿な……! 万能のヴァルバロッデが指一本動かせんじゃと……!? 魔法すら……! そんなことがありえるはずが……!!」
「判決は出た」
クロノが言う。
すると、ミシェルとヴァルバロッデの背後に、光る文字が集い、木でできた十字の磔台に変わった。
「なっ……!」
二人の前に、再び光る文字が集まっていき、それは杭に変わる。発射された杭に対して、ヴァルバロッデは結界を張ったが、それを容易く貫通する。二人は両手と両足を杭で打たれ、十字の磔台に固定された。
「……万能を超えるこの力……過去すら操るこの法廷……まさか……これは……遙か昔に、魔神王様がおっしゃっていた……」
「主文。法賢者ミシェルはオラン神父を殺害し、リュカ・エンディミオンにその罪を被せて死刑に処した。またコルンツェルで禁呪となっている生物の融合に類する魔法の行使を行い、ヴァルバロッデを生み出した。よって、全ての罪罰は正しき咎人へ」
光る文字が集い、それは二本の槍に変わった。
「貴様は……クロノ……いや……あなたは……!! あなた様がぁ――」
「お前を磔の刑に処す」
二本の槍が真っ直ぐ飛んで、ミシェルとヴァルバロッデを貫いた。
血がミシェルの口から溢れ出す。
「ぜ……全知全能の……虐殺……王……!!」
ミシェルとヴァルバロッデの体が光る文字に変わっていき、やがて完全に消滅した。
同時に、十字の磔台も元の文字に変わっていく。
その様子を、シャルは呆然と眺めていた。咄嗟のことで理解が追いついていない。そんな風に見えた。
彼女のもとへ、クロノは歩いていく。
「お前が信じた通りだ。シャルの友は無実だった」
俯くシャルに、クロノは言った。
「誇り高きシャルの魂が、冤罪を晴らしたのだ。お前は友を救ったのだ」
「……そうかな?」
クロノは立ち止まる。
彼女は暗い顔で俯いたままだ。
「……リュカは……逃げられたじゃん……」
証言台で見た過去を思い返しながら、彼女は言う。
「アタシを守ろうとしなかったら……あんな化物と戦わなくても、よかったじゃん……アタシがいなかったら――」
「お前はいたのだ。リュカは守ろうとしたのだ」
慰めるでもなく、ただまっすぐクロノは言った。
「お前に、いて欲しかったからだろう。自らが死した後……今もずっと」
はらり、とシャルの瞳から涙の雫がこぼれ落ちる。
「お前は、彼女が死の間際に願ったことを叶えたのだ」
「……うん……」
とめどなく涙が溢れ、彼女の声が濡れている。
「クロノ君……アタシね……アタシ、リュカが死んだとき、泣かなかったんだ……絶対、冤罪を晴らすんだって、思ったから……」
ふらり、と彼女は力なく頭を垂れ、クロノの胸にもたれた。
「もう我慢しなくても、いいよね?」
「まだだ」
一瞬の空白、静かに、ゆっくりと、シャルはクロノを見上げた。
「全ての罪罰は正しき咎人へ。リュカの死刑は取り消され、ミシェルに執行された。判決は覆ったのだ。理解したか?」
「……リュカの名誉が、守られたってことでしょ……?」
クロノはじっとシャルを見つめる。
「……だって、それ以上はもう……どうしようもないでしょ……?」
「シャル」
彼は言った。
「全知法廷の判決は、全能でもって執行される」
クロノが磔台のあった場所へ視線を向ける。それに促されるように、シャルもその方向を振り向いた。
霧が出ていた。血のように赤い霧だ。見るも恐ろしく、そして美しさを感じるその中心に、彼女はいた。
リュカ・エンディミオンが。
「リュカ……」
一歩、シャルが足を踏み出す。
リュカは閉じていた目を、静かに目を開いた。そうして、確かに彼女を見たのだ。
「……シャル?」
「リュカッ!!」
突き動かされるようにシャルが走り出す。息を弾ませ、目を涙に光らせながらも、彼女はリュカに飛び込むようにして抱きついた。
「シャル。わたし、どうなってたんですか……? ヴァルバロッデと戦って、死んだと思っていたんですが……?」
不思議そうにリュカが問う。だが、返事は返ってこなかった。
「シャル……」
「……うっ……ぐすっ……あぁ……リュカぁ……リュカぁっ……!!」
顔をぐしゃぐしゃにして、シャルは子どものように泣きじゃくった。声はろくに言葉にならず、ただただ母親に甘えるようにリュカの名前を呼び続ける。
呆気にとられたリュカは、けれども優しい表情になって、ぎゅっとシャルを抱きしめた。
「状況はよくわかりませんが、きっとあなたが頑張ってくれたんですね、シャル」
胸に埋め、嗚咽を漏らすシャルの頭を、彼女は優しく撫でる。
「こんなに嬉しい日はありません」
ありとあらゆる知識が収められ、正しい裁きを下す場所――全知法廷。過去の誤りすら覆し、真実だけが力を得る。此度、開廷の鍵となったのは健気な少女の尊き魂。己の身を顧みず、ひたすらに親友の無実を信じ続けた彼女に、その法廷は最高の判決を下したのだった。




